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2014年1月31日 (金)

金石範「地の底から」

金石範「地の底から」『すばる』2月
──畏怖する文学 済州島4・3事件の記憶は回復されるか

 第二次世界大戦後の東アジアに吹き荒れた白色テロリズムは、日本ではレッドパージと呼ばれた。「アカ」とレッテルを貼られた、共産主義者やその同調者など多くの人々が公職を追放された。台湾では2・28事件として知られる。1947年国民党軍によって28000人もの人々が殺され、多くが投獄された。朝鮮では、済州島4・3事件に始まり、麗水・順天事件に続く一連の民衆抗争があった。1947年、済州島で自主統一独立国家の樹立を掲げた島民運動に対する弾圧が始まり、翌48年には島民による武装蜂起が起きた。島民蜂起をリードした南朝鮮労働党党員や、その家族など3万人もの人々が虐殺・粛正された。これら一連の白色テロリズムは、言うまでもなくアメリカ帝国主義を背景に起こっている。
 2003年10月31日盧武鉉韓国大統領は済州島におもむき、国家権力の過ちについて公式に謝罪した。「済州島四・三事件真相調査報告書」には、〈米軍政期に済州島で起こった済州4・3事件は、韓国現代史の中で朝鮮戦争の次に人命被害が甚大だった悲劇的な事件であり、集団殺傷に関する責任は、当時軍の統帥権者であった李承晩大統領と韓国軍の作戦統制権を握っていた米軍にある。〉と銘記された。
 金石範「地の底から」に書かれた済州島発掘調査は、2006 年から始まったもので、11ヶ所の集団虐殺現場で遺体発掘が行われ、チョントゥル飛行場(現在の済州国際空港)の滑走路付近では384 名の遺体が発掘された。
 金石範は済州島に出自の根を持つ在日朝鮮人作家で、早くから済州島4・3事件をモチーフに創作を続けてきた。大長編『火山島』や短編集『鴉の死』などがあるが、その一方で作家の主人公が済州島4・3事件や、戦後韓国の軍事独裁政権などの歴史的命題と立ち向かう作品も書き続けてきた。『夢、草深し』(1995年6月)、『海の底から、地の底から』(2000年2月)、『満月』(2001年8月)、『虚日』(2002年11月)、『死者は地上に』(2010年10月)、『過去からの行進』 (2012年2月)などがある。
 「地の底から」も、その系統に属する作品で、主人公金一潭は『過去からの行進』などにも登場する作家自身を投影した人物だ。因みにタイトルの似ている『海の底から、地の底から』の主人公である作家は金尚だった。大阪での済州島四・三事件五十周年犠牲者慰霊祭や済州島における四・三事件五十周年記念国際学術大会がモチーフになっているので、時制は1998年である。「地の底から」は2007年、済州島で開催の「東アジアの平和」をめぐるシンポジウムと、済州国際空港(チョントゥル飛行場)での4・3犠牲者発掘作業などがモチーフとなっている。小説から離れて事実としては、日本平和学会二〇〇七年度秋季研究集会「東アジアにおける〈民衆の平和〉を求めて──日韓歴史経験の交差」がモチーフになっている。
 「地の底から」に登場する女性文允娥(ムン・ユナ)は、在日する済州島出身者の生活史などの学究で、四・三事件後日本へ密航して来た済州島出身者たちの調査もしている。亡父が済州島のゲリラ幹部だったため、長い間四・三事件のことは口にすることのできない話題であり、今でも母親の前ではタブーだ。済州島の犠牲者家族は、民主化された「今」も、再びの迫害を怖れている。小説は「四・三事件」の禁忌性をユナの表出によって見せしめている。
 作家である主人公金一潭は、過去に知った女性の話から、タオルに墨痕で名前を書いた十八歳の少女の骨を探しながら(それは見つからないが)、発掘現場の骨たちを眼前にして作家としての仕事に畏れを抱く。
 過去に知った女性の話というのは、1981年5月『文学的立場』第3号に発表された「乳房のない女」に書かれた人のことで、1949年に済州島から密航してきた女性を対馬に迎えに行ったとき、済州島で起きた事件について二人の女性から話を聞く。これが金石範がその後も済州島の事件を書き続けることになる原点的体験だ。
 タオルを探す金一潭に、発掘現場監督は、「想像? 想像ですか。小説にでも書かれるんですか?」と聞く。
 「小説にでも」とは何か。金一潭は、骨を前にして、作家として小説に書くことに対する畏れを感じる。

    小説に書くのは傲慢ではないか。遺骸、虐殺された骸骨の群れ。それは、そのまま完結していた。
     触れるな。
     小説ではない紀行文なら書けるか。完結したままで、触れるのではなく、在るがままに従う。…

 金石範は実際に事実の記録としては、『すばる』2008年2月号に「私は見た、四・三虐殺の遺骸たちを」と題して紀行文を書いている。しかし、その体験を小説として世に問うまでに丸6年という歳月をかけている。抹殺された記憶、目の前に現存する骨に対する厳粛な敬意の念。済州島を題材にした作品を多く生み出してきたにも拘わらず、作家が改めて感じた畏怖とは、自己を模した主人公が登場する小説では容易く表現するには畏れ多いもの。済州島四・三犠牲者の遺家族が長く口を閉ざしてきた重さ。

    権力によって事実が、歴史が抹殺された。権力は万能の神か。小説は万能の神への反抗、挑戦か。“小説にでも”、소설에라도ではない。小説にこそ書くべきこと。失われた事実。無からのもう一つの歴史を書くこと。

 今でも、外部の暴力に集団的に追い込まれた済州島民の「人間回復」「記憶の回復」は完全には出来ていない。むしろ脅かされてさえいる。韓国だけの話ではなく、日本の私たちの消失された記憶こそ、充分に回復されないままに、更にかき消されようとしている。「小説にこそ書くべきこと」と言う作家の決心は重厚だ。
 小説「地の底から」は一つの画期なのだろう。大江健三郎は『晩年様式集(レイト・イン・スタイル)』を書いたが、金石範は老年の生や晩年の創作といった概念を持とうとしない。老年の大作家にして小説を書く覚悟を改めたのだ。

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