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2013年10月23日 (水)

韓流ドラマ「済衆院」と大城立裕の『小説琉球処分』

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文学と映画 行ったり来たり 第27回

偏執的なナショナリズムを克服せよ!!
          ――不急順不同、起承転結なし(主に韓流)

 金重明の『物語朝鮮王朝の滅亡』(岩波新書)を読んで、考えることがあった。改めて自身の考えに確信を持った。そこでずっと気になっていた作品について書いておきたい。
 1つは、2010年放送のテレビドラマ「済衆院」だ。最初に書いておくがおすすめできない。「済衆院」は1884年から1910年頃まで開化期の朝鮮で、初めての西洋医学の病院を舞台に外科医の活躍を放映した。全36回。韓国ドラマは一回が60分を超え、66分前後あるから長い。
 「白丁」と呼ばれる屠畜を生業する最下層の被差別的立場に属する青年が主人公なので期待して見た。白丁のソ・グンゲは自らを救ってくれたアメリカ人医師・宣教師アレンに師事して医学を志す。時代は金玉均ら開化派による甲申政変の年から始まる。激動の時代に最下層の被差別民が医学を志す。更に身分差を乗り越えた愛はどうなるのか。医学も愛もライバルは両班で高級官僚の息子ペク・トヤンである。これで面白くないわけがない、と思った。
 ソグンゲは黄丁という両班を名乗って医学生となり、幾多の困難を類い希な技術を以て克服していく。そしてついには白丁という身分を免賤されて、優秀な医師黄正に成長する。
 前半は主人公たちの困難が、ある程度のリアリティによって保証されている。無知な大衆は流言飛語や迷信に惑わされて済衆院の医学と対立する。腐敗官僚たちは私欲にまみれて国や国民を顧みない。封建的儒教道徳は治る病気も死に追いやる。こうした幾重もの壁をひとつひとつ破りながら成長していく主人公の姿も決してスーパースターではない。被差別民としての卑屈さ、怒りには自己を制御できず冷静な判断を怠る。こうした庶民派主人公に共感した。
 しかし、1895の閔妃暗殺のくだり辺りから戯画化が極まっていき、悪い日本対正義の朝鮮的な対立構造に単純化された構図の中に主人公たちもはめ込まれてしまう。歴史的リアリティを失ったドラマは、大院君が再び実権を握った1882年の壬午軍乱自体が無視され、日清戦争も殆ど描かれず、まして当時の勢道政治の腐敗は無視された。歴史を描いたドラマとしてははなはだリアリズムに欠ける。これに登場する日本人が酷い悪人だらけである。黄正のライバル、エリートのペク・トヤンを慕うナオコだけは善人風だが、外務大臣令嬢でペク・トヤンを「トヤン様」と呼ぶところは、ヨン様をパロディにしたのか、日本人女性に対する風刺か分からないが、現実味に欠ける。日本人医師ワタナベの手先だった朝鮮人さえ、いつの間にか実は日本人だったことになっている始末だ。ペク・トヤンとファン・ジョンは、同じ朝鮮民族同士理解し合いお互いを助け合うようになる。
 主人公はついに日本支配に抗する解放軍に従軍する決意をして、満州へと旅発つのだった。封建的身分制度を実力で打ち破って近代的医師として成長する(はずだった)主人公の姿は消えた。
 期待を裏切るストーリーの単純化。歴史劇としてはお粗末。視聴率もいまいちだったようだ。いや、視聴率が上がらないから、似非「反日」ドラマに転換したのだとすれば、韓国国民をあまりにも馬鹿にしている。朝鮮支配層の腐敗に、アジアの先進帝国主義国家たる日本がつけ込んだ。日本は清やロシアとの朝鮮に対する侵略競争にも勝利し、朝鮮を植民地として手中におさめた。これが歴史的事実である。朝鮮人は上から下までこぞって、残虐な悪い日本人と戦ったという印象を持たせるドラマが、人民に受け入れられる訳がない。右傾化を推進する安倍政権下で、日韓関係が悪化するのは当然だとしても、日韓・日中間の人民連帯が悪化してはならない。
 日中関係も最近極度に悪化している。国境問題というのは、どの時代もどの国でも存在する。東アジアの国境を考えるとき、私たちは歴史を見る視点を少し広げる必要があろう。
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  大城立裕の『小説琉球処分』上下(講談社文庫)は興味深い小説だった。明治5年(1872)から始まり、エピローグでは明治23年(1893)まで続き、明治政府の沖縄に対する支配を決定する過程を描いている。韓流ドラマ「済衆院」と時代設定が重なる。大日本帝国は、琉球、台湾、朝鮮と手に入れ満州へと触手を伸ばそうとしていったのだから当然だ。
 沖縄の作家大城立裕は、沖縄が日本の支配下に組み込まれる過程を、沖縄側と日本側の両方から描いた。薩摩に従属させられながら清に朝貢する琉球国を、日本の支配に組み入れようとする明治政府の政策。頑迷な琉球の特権階級の愚昧な抵抗、新進な改革派の若者たち。琉球王朝下で特権をむさぼる者たちの下で多くの民衆は苦しんでいる。特権階級は文字も読めないような無学なものでも高官につけるという腐敗した社会になっている。また、領地の百姓から貢納以外にも必要とあればいくらでも加勢金として巻き上げることができた。そのたびに妻や娘を売ることも多かった。辻と呼ばれる遊郭でその娘たちを買うのも特権階級で、平然として悪びれることもない。それが当たり前の社会として成り立っていた。そこに近代日本が支配の手を伸ばしてきた。朝鮮の場合も似ている。人間のドラマとして描けば筋道は単純ではない。
 日本支配に反対し正義を語る頑固派も、百姓に対しては非情な搾取者だ。処分官松田道之も歴史的には沖縄を日本支配下においた執行官だが、悪人とは言えない。日本の探偵となった沖縄の青年たちも、心情的には正義の革命派だ。
 歴史を善悪に単純化することなど、できはしない。日本帝国主義の朝鮮支配が、日本人が悪い民族だから起こった歴史だなどということはできない。もちろん新興帝国主義として台頭することによって近代化を成し遂げた日本近代史の歪みは、日本国民に、傲慢・強欲な歴史の意思を反映させただろう。歴史の産物としての「日本民族」の「民族性」に陰を作ったかも知れない。
 しかし、民族は永遠絶対なものではない。歴史の中で生まれ、育まれ、再生産されていく。民族は変化し、消えていくことさえある。100年前の「日本民族」と現代の「日本国民」は違う民族なのだと言っても過言ではない。
 私たちは今、偏狭なナショナリズムを克服し東アジアの人民連帯を模索しなければならない。

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