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2013年7月15日 (月)

山下英愛『女たちの韓流――韓国ドラマを読み解く』岩波新書

女性解放に向かう韓流ドラマ

 『冬のソナタ』がNHKでBSで初めて放送されたのが2003年4月からのことだったそうだ。人気が高くすぐに再放送され、翌年には地上波でも放送された。主人公のペ・ヨンジュンは世の奥様方のハートをギュッとつかんで離さなかった。相手役のチェ・ジウや敵役のパク・ヨンハも日本では人気を博した。これが「韓流ドラマ」のはしりということで周知されている。それ以来「秋の童話」「美しき日々」「宮廷女官チャングムの誓い」 「アイリス」など数々の韓流ドラマがTVプログラムを席捲した。
 そうした韓流ドラマの紹介本は多数あるだろう。しかし、ドラマの変遷を韓国社会の変化にそって解説した本は多くはない。岩波新書『女たちの韓流』は、私が知らない様々を教えてくれた。この本に紹介されたドラマの大半は観ていないし、長篇の一部、数回放送分だけしか観ていないものも少なくないので批評と呼ぶにはおこがましい。感想文ほどのものを書き残しておく。
 90年代に人気を博したドラマの大半が、70~80年代の「金と暴力が支配する不条理な社会」を背景に抵抗するヒーロー、ヒロインたちを描いている点は私でも知っていた。しかし、朴正煕の独裁的経済成長期に貧民村撤去や労働組合弾圧のために雇われた暴力団が「救社隊(クサデ)」と呼ばれた、と言うような細かいことから、何人かの女性脚本家たちの登場で韓国のテレビドラマが革新していった歴史的事実にいたるまで学ぶ点が少なくない。
 何となく知ったつもりでいた女性に貞節を押しつける風潮が、朝鮮王朝時代「再嫁女子孫禁錮法」に遡り、最近まで再婚する女性を「節操のない女」とみなす傾向が強かったということ。〈夫が亡くなったり、女性が性的暴行を受けたりしたら、命を絶つのがよしとされる〉ような価値観が社会に蔓延していたら、女性の人権はどうなるのか。汚れた女を意味する「還郷女(ファニャンニョ)」という言葉がまかり通るなら、従軍慰安婦として被害にあった女性たちは戦後もどれほど苦しい立場を強いられたのか推し量られる。
 社会の民主化は、ドラマ登場人物たちにも意識の変化をもたらし、自立を志向する女性たちと古い観念の社会との対立構造が描かれるようにもなる。朱子学的儒教道徳に縛られた社会から、女性が徐々に解放へと向かっていく過程で、テレビドラマも設定やドラマ展開が変化して行ったのだ。
 また、韓国ドラマには「出生の秘密」が前提になることが多い。秘密でなくとも出自が重要で、たいていのドラマは主人公が生まれる前後から始まる。『女たちの韓流』によると、戸主制がその理由だ。戸主制は、父子血統を重視する家族制度で「未婚の母」や「私生児」は差別の対象になる。私生児は私生児であることを隠されるか、海外に養子に出される。生まれたときからドラマチックなのだ。
 ところが2005年にこの前時代的戸主制が廃止されると、ドラマでも堂々としたシングルマザーが登場するようになる。「ガンバレ! クムスン」などがそうだ。「クムスンのように逆境の中でひたむきに生きる女性主人公のことを、韓国では『キャンディ型キャラクター』と呼ぶ」そうだ。日本のマンガ「キャンディ キャンディ」に由来するらしい。「ガンバレ! クムスン」も「キャンディ キャンディ」もまったく観ていないのでイメージがいまいちぴんと来ない。
 ペ・ドゥナ主演の「威風堂々な彼女」なら少し観た。男に捨てられ未婚の母となったウニが子どもを背負って、食品会社のダメ社長にハッパを掛けながら懸命に働く姿が印象的なドラマだ。ウニの印象はチェ・ジウとは真反対の、田舎者で一生懸命なところだけが取り柄のような女性で、これはこれで好感が持てる。「私の名前はキム・サムスン」は、冒頭の太めの女性が男に振られてぐだぐだになっているシーンが印象的だが、『女たちの韓流』によると、〈韓国社会にはびこる容姿コンプレックスを克服し、何ごとにも自己主張するキャラクターであること〉が若い女性たちから圧倒的な支持を受けた、らしい。
 チェ・ジンシルの自死の理由もこの本で分かった。やはり可哀想だったのだ。
 本書は、著者山下英愛がインターネットのWAN(ウィメンズアクションネットワーク)に連載したものから25編を抜粋したものだ。連載は2013年7月現在で42回まで至っているから、ここに紹介されていないものも多数ある。そういうわけなのか、「女たちの~」という視点の問題で省かれたのか、管見の限りで重視すべきと思われる作品のいくつかが紹介されていないのは若干心残りな気がする。何と言っても傑作「砂時計」、詐欺師の両親を持つ田舎娘が都会に出て頑張るチャン・ナラの「明朗少女成功記」、金持ちのワガママ娘が家の没落で家政婦として働くイ・ウンジュの「火の鳥」、それにチェ・ジンシルの「星に願いを」も大事だ。主人公の孤児院時代からの親友役で今や「大物俳優」の名がふさわしいチョン・ドヨンが出ていた。
 逆に、本書に紹介された「ぶっとび! ヨンエさん」は機会があったら観ておきたい。

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