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2013年4月21日 (日)

三浦しをん『舟を編む』

文学と映画 行ったり来たり――不急順不同、起承転結なし(主に韓流)                                    
三浦しをん『舟を編む』――言葉を生み出す心は自由だ

Poster  丸山健二の『我、涙してうずくまり』(岩波書店)を購入したが、思ったより活字が小さくて読みにくい。四十過ぎの中年男が、孤児という出生の不幸をいつまでもぐちぐちと思い悩み、妻と別れたのも、仕事が面白くないのもみんなそのせいだと決めつけて、奇抜な行動に出たりするが、結局たいしたこともできずに思い悩むという小説だ。
 文体も重い丸山健二に反して、三浦しをんは軽くて面白い。『我、涙してうずくまり』の主人公は、「ちょっとしたごたごたに巻きこまれるたびに風をくらって逃げ、好みの世界へと退却することしか知らない、しがない勤め人。」である。彼は、仕事なんて(何をやっているかは知らないが)くだらないと確信しているようだ。丸山の主人公に対して、三浦しをんの主人公は何事に対しても一生懸命だ。ベストセラーの映画化で話題の『舟を編む』(光文社)の主人公馬締光也は、辞書作りに魅了され生涯を捧げる。その妻となる林香具矢は料理人としての仕事に命を注いでいく。
 テレビで映画のダイジェストを流したりしているので、ストーリーはみんなが知っている。大手総合出版社玄武書房の辞書編纂部では、新しい日本語辞典『大渡海』の出版に向けて日夜邁進している。並外れた言葉に対するセンスから嘱望されて営業から異動した馬締光也は、その名のとおり真面目そのものの青年。同僚の西岡は要領が良くてプレイボーイだが、彼なりの役割を十二分に果たしている。
 恋にも奥手な馬締光也は、下宿で出会った香具矢に一目惚れする。うまく立ち回れない馬締は手紙を書くが、それも恋文とはとうてい思えないほど固いので、要領を得ない。
 馬締はただひたすら真面目に辞書作りには邁進しながら、不器用な恋も実らせていく。しかし、その前には社会的権威の壁や、商業的価値の壁が立ちはだかる。言葉を追い求め整理していくだけの作業の前に、社会の壁は立ちはだかるのだ。
 「言葉とは何か」という疑問は、読み書きを人生の中心においている人間にとっては永遠の追究課題だろう。辞書を作るという作業は、言葉を操る個人と国家との狭間で揺らぎながら進んでいく。小説の中で、生涯を辞書作りに捧げた松本先生の次の言葉は印象に残る。

  「言葉は、言葉を生み出す心は、権威や権力とはまったく無縁な、自由なものなのです。また、そうであらねばならない。……」

 この小説は、日本語辞典を編む人々の物語なので、日本語に対する問題意識や辞書を作る上での苦労話などへの興味がそそられること間違いない。新しい辞書にふさわしい用紙にさえも妥協しない。製紙会社の社員たちも半端じゃない。印刷会社勤務の長いわたしにとっても考えの至る点が少なくない。
 一言で言えば、仕事をして生きる意味を考えさせる小説と言える。しかし、仕事一つひとつに金銭的価値以外の価値を見いだすことは、現実には難しい。馬締や、香具矢、先輩編集員の荒木、松本先生のような、生涯の「仕事」を持った人ばかりでは、この社会は成り立たない。その点、仕事半ばで宣伝広告部へ異動となる、西岡の生き方を否定せずに描いた点にも共感する。が、社会批判の精神という面から批評すると、脆弱な感を拭えない。

 映画は観ないかな? ないしは当分観ない。観ないでも見た気になってしまうほど、上映前から宣伝が多すぎる。既にイメージが固定化されかけている。小説を読んでいても馬締光也の姿が松田龍平として浮かんで来る。それと荒木役の小林薫だ。あとはそうでもない。林香具矢の宮崎あおいはまったく浮かばない。わたしのイメージとは異なる。演技力のある宮崎あおいの香具矢を見たら、わたしの想像力が鈍るかも知れない。オダギリジョーにも引っ張られる。
 映画の監督は「川の底からこんにちは」の石井裕也だ。あの映画は満島ひかりの起用をはじめ出演者のセンス抜群だった。要注意だ。

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映画「舟を編む」★★★★ 松田龍平、宮崎あおい オダギリジョー、黒木華 出演 石井裕也監督、 134分、2013年4月13日より全国公開 2012,中国,角川映画 (原題/原作:舟を編む/三浦しおん) 人気ブログランキングへ">>→  ★映画のブログ★どんなブログが人気なのか知りたい← この映画の原作を読んだ時の感想はコチラ↓ クリックすると記事に飛びます↓ 書籍「舟を編む」好きこそ... [続きを読む]

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