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2012年6月 2日 (土)

ク・ヒョソ『長崎パパ』

文学と映画 行ったり来たり
    ――不急順不同、起承転結なし(主に韓流)
                                       
第19回、ク・ヒョソ『長崎パパ』(CUON)――アイデンティティは自分で決める

 「在日朝鮮人」を戦前から戦後数年の混乱期に渡日した朝鮮人とその子孫を示す呼称とすると、最近韓国から日本に来て住み着いている人々を区別して、取りあえず「ニューカマー」と呼んでおく。このニューカマーが主人公、あるいは主要な登場人物である小説は、今のところそう多くはない。
 玄月の『蔭の棲みか』には登場する。重要な脇役だ。黄英治の「智慧の墓標」(『労働者文学』連載)の姜禮珍は韓国から主人公の勤める製薬会社に赴任してきた女性だが、近代史によって培われた差別社会「日本」を映し出す役割を果たしている。
 韓国の作家が戦後の日本を描いた小説として有名なものには、金廷漢の「沖縄からの手紙」(『秘密の花園』素人社 所収)がある。だが、「沖縄」という特殊な地域、しかも南大東島という沖縄本島から400km近くも離れた「僻地」を背景にしている。沖縄は日本の前近代植民地として位置づけできるので、これはかなり特殊な設定だ。――この小説、実は筆者も試訳して『愚行』という同人誌に掲載したことがある。これは25年も前のことなので時効である。
 となると現代日本を舞台に在日でない韓国人が主人公の『長崎パパ』は設定そのものが新鮮ということになる。主人公のユナは13歳で家出し、その後まあいろいろあったが、お金を貯めて日本へ来た。東京の料理学校を卒業すると、本当の父親がいるかも知れない長崎に行ったのである。今は長崎の出島ワーフにある「ネクストドア」というレストランで働いている。つまりユナは24歳の「ニューカマー」韓国人で、料理人である。ユナの周囲、ネクストドアとその周辺には実に様々なシチュエーションが集まっていて、日本のマイノリティーの縮図のようになっている。
 記憶力は超人的でクイズ番組の優勝常連だが、創造力に乏しい秀雄。学校でイジメにあって10歳から料理人として生きてきたアイヌ出身の筒井。回族中国人の愛子は母恋しいが、死んでも故郷には帰りたくないと言う。壁に絵を描くグラフィティー・アーティストの木口は、金が貯まると壁を探しに出かける。店の支配人の叔母であると同時に恋人でもある中年の佐藤淑江は、同和地区出身だった。「どこかの民族の一員でいたくなかった」と言う在日朝鮮人の「ミル姉さん」ことチャ・ミル。その他もろもろ、魅力的でない人はいない。
 ユナの母親との会話は母からの一方的なメールの形で展開される。ユナの探す「鄭君」はユナの母=朴聖姫の家の従業員だったが、聖姫を「強姦」した容疑で逃亡していた。日本に渡り長崎で成功したらしい。朝鮮戦争や原爆投下といった歴史が時間軸の背景に見え隠れする。そして歴史の作った境界によって規定される「立場」の軛(くびき)が彼らを締めつけている。
 象徴的なのは、筒井が世界中を旅して名前のないものを集めていること。名前のない者は所属不明だ。ユナは言う。

「境界をはっきりさせて、わざわざ名前を付ける、そんな必要があるんですか……名前を付けることは必要でしょうけど、危うい面もあると思うんです。特に差別が起こりやすいところでは。差別って、よく考えてみると、何かに対する恐れとか不安とかが原因で、卑怯になった時に出る行動じゃないかって、あたしは思うんです。和を強要して、目立つ人とか自分たちと違う人を押さえつけたり、差別したりするのって、弱さとか後ろめたさを正当化しようとする卑怯なことじゃないでしょうか。……」

 軽快なテンポで物語は進む。それほど長い小説でもないのによくもこれだけ盛り込まれたと思えるほどモチーフは豊富だ。在日朝鮮人問題、朝鮮戦争の残した対立、原爆、障害者問題、性と性的暴行、私たちの周囲には問題が山積している。しかしこの小説の登場人物たちは明るく向き合う。しかし雑に扱うわけではない。ユナを初め重い自分史を背負う登場人物たちは、それぞれ外から嵌められた肩書きでなく、自分でアイデンティティを決めようとしている。彼らは、明るく生きていこうとしていて、時にはユーモラスでさえある。
 最後には、ユナが誰を「お父さん」と呼ぶことになるのか、一つの回答が描かれていて、これが作者の提起なんだと分かる。同感だ。

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コメント

共訳者から一言です。311ページに、ユナの母親ソンヒがチョン君の言った謎の言葉に悩むシーンがあります。”資格と言ったのか刺客と言ったのか”と悩むのですが、韓国語で資格はチャギョク、刺客はチャゲクですので、どちらなのかと悩む場面が何の苦労も無く訳せました。
他の言語に訳す場合は、こうはいきません。ラッキーでした。
私は男ですから、チョン君は刺客と言ったに違いないと思っていますが。

『長崎パパ』も面白そうですが、
この作品の出版社に、私としては興味津々。 先日会った、影書房の松本さんが話していた会社だったんですね。 仕事ないかなぁ?

「智慧の墓標」も全面的に手入れしようと思っています。
まったく別の作品になるかもしれません。手入れできたら読んでください。いつになるかわからないけど。

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