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2012年5月19日 (土)

海角七号 春が来れば 私の小さなピアニスト

文学と映画 行ったり来たり
    ――不急順不同、起承転結なし(主に韓流)

前書き

もともと「文学と映画行ったり来たり」は浦和のミニコミ『市民じゃ~なる』のために書き連載していたものでした。実際第1回から第11回までは『市民じゃ~なる』に掲載されています。けれど、「市民じゃ~なる」が長く休刊状態に入ってしまったので、第13回からインターネット上に発表しています。その間隙に第12回の原稿がこれまで日の目を見ずに保存されていたわけです。もったいないので今回発表することにしました。

                                       
第12回 名誉なんかいらない
       ――音楽映画の楽しみ

 台湾映画史上最高のヒット作となり、日本人女優田中千絵を台湾一有名な日本人にした「海角七号」を、恋愛映画と見たり、日本の植民地支配という歴史を背景にした、日本と台湾の人々の複雑な関係を描いたとみることもできる。その両方でもあるが、私は少し違った見方をしたい。
 田舎の海辺の町恒春で日本のミュージシャン中孝介のコンサートが開かれることになる。前座として地元バンドが急ごしらえされた。メンバーは、売れないミュージシャンのボーカル、台湾原住民で警察官のギター、八〇歳のお爺さんと地酒セールスマンのベース、バイク修理工のドラマー、小学生のキーボードなど、何の共通性もない老若男女が集められた。中国語に堪能な友子はコンサートのマネージャーを任されが、バンドはバラバラで少しも前進しない。
 ミュージシャンの夢破れたアガは台湾最南端の海辺の故郷恒春に帰って、怪我をしたボー爺さんに変わって郵便配達をしている。しかし、まるっきりやる気がなく、配達の途中で郵便を自宅に持ち帰ってしまう。そんな郵便物のなかに60年前台湾から去った日本人男性から台湾に残した恋人に宛てた七通の手紙があった。アガはそれを開けてしまうが日本語なので読めない。酔いつぶれてアガの部屋に泊まってしまった友子は手紙を読んでしまう。
 60年前、日本の敗戦を受けて、教え子であった恋人を置いて日本へ帰った男は、船旅中に手紙を書いたが出されなかった。それらは、後に男の娘がまとめて台湾に送ったのだが、植民地時代の古い住所表記だったのでどこだか分からない。手紙の内容は、私に言わせれば、言い訳と未練が満載されたラブレターだが、それでも時代を考えれば、この男はかなりましな方な人間だった思える。とにかく貴族のように振る舞った支配民族としての反省はしている。
 この映画は、「やはり台湾人は日本が好きだった」などという、歴史的現実認識の貧弱な言説の、証明のように言われることがある。確かに複雑な台湾の歴史背景が政治的に描かれた映画とは言えない。ホテルで働くダダの母親が日本人嫌いであることから、想像力を豊かに働かせる観衆は多くはないはずだ。
 そういう面での脆弱性はさておいて、この映画に惹かれるのは、単純なストーリーと登場人物たちの明朗さに救われるせいかも知れない。ボー爺さんなど良い味を出している。何でもない庶民が音楽に関わる喜びが表現された映画という見方もできるだろう。その中には直接音楽をやる側ではないが、売れないモデルで雑用ばかりやらされる友子も入る。自己達成から離れてしまった人々の達成感が、巧みに表出されたのだ。
 そこにある「喜び」は、一流のミュージシャンとして経済的にも成功し、名誉ある地位を得ることからは遠い。この芸術的達成感は「風の丘を越えて」(第6回で紹介)の「恨」を解くための芸術とはあまりにも違う。わたしはこの映画を、市井の人々と音楽という芸術との関係性を表出したと見たい。
 都会でのプロミュージシャンとしての失敗で荒んだアガの心象は、韓国映画「春が来れば」のトランペット奏者や、「私の小さなピアニスト」のピアノ教師に似ている。
 「春が来れば」(原題「花咲く春が来れば」)は、交響楽団のメンバーになりたい三〇代半ばのトランペッターが主人公。ヒョヌはカルチャーセンターで教えるが、受講生である主婦たちを内心馬鹿にし、キャバレーで演奏したり音楽教室を経営する友人を軽蔑する。一言で言えば嫌な奴だ。才能もないくせに芸術家気取りで、生きる努力をする人たちを馬鹿にして自尊心を保とうとしている。これをチェ・ミンシキが演っている。
 恋人とも別れて心荒んだ彼は、音楽臨時講師として貧しい炭坑町の中学校に赴任する。少年たちは一様に貧しい。生徒の一人は炭坑勤めの父が反対して吹奏楽を止めさせられる。また一人の少年は祖母と二人暮らしで、自身アルバイトしながら学校に通う。そうした吹奏楽部の生徒たちと触れあう中で、彼の中の何かが変わって行く。観た後すっきりしたければこの作品は最適だ。Horowitz_3
 「私のちいさなピアニスト」(原題「ホロビッツのために」)の主人公も似ている。自尊心ばかり強い落ちこぼれピアニストをオム・ジョンファが演じた。知っている人は知っている、大変な美人女優だ。韓流ファンにはオム・テウンの姉と言ったほうが通じるかも知れない。超美人女優が演じるジスは「春が来れば」の主人公に輪をかけて嫌な奴だ。傲慢でわがまま、自分の失敗をすべて家族や他人のせいにしている。自尊心と、その裏返しの劣等感の塊だ。
 キム・ジスはピアニストとして名を馳せる夢破れて、郊外で小さなピアノ教室を初める。そこで廃品回収の粗暴な祖母と二人暮らしの少年キョンミンと出会う。少年が絶対音感を持っていると知ったジスは、少年をコンクールで優勝させて指導者としての名誉を得ようとする。
 実はキョンミンは交通事故で両親を失い、車や強いライトの光を恐れていて、コンクール会場のライトで事故時の車のヘッドライトを思い出して演奏できなくなってしまう。ジスは怒ってキョンミンを追い返すが、キョンミンの祖母が病院に運ばれたと知らされて再び二人で暮らし始める。
 こういう音楽映画は日本では作れないかも知れない。音楽は人の心を魅了する。ピザ屋の店主がピアノを弾くジスの後ろ姿に惚れてしまうのも分かる気がする。名誉はそれほど大事ではない。大切なものはもっと外にあると、この映画は語っているようだ。「自己実現なんて糞食らえ」と言いたい。

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