フォト
無料ブログはココログ

« 孔枝泳『トガニ』(コン・ジヨン「るつぼ」)공지영 도가니 | トップページ | 海角七号 春が来れば 私の小さなピアニスト »

2012年4月30日 (月)

金石範の『過去からの行進』

金石範『過去からの行進』
戦い続けなければ「民主主義」は奪われる

Photo 韓国の総選挙は保守派の政権与党セヌリ党の勝利で終わった。野田佳彦増税内閣を許しているわれわれ日本国民も愚であることにはかわりがないが、民主主義はいつも危機的状況だ。北朝鮮を批難している場合ではない。
 朝鮮半島の南半分の地域に於いて、日本帝国主義支配の時代から引きずられた利権と支配の構図は、李承晩政権から朴正煕・全斗煥軍事ファッショ政権と時代が流れてもむしろ強固になった。既得権益は内外の圧力に屈した軍事政権側が「民主化宣言」し、盧泰愚が大統領になったあとも引きずられ続けた。金石範の『過去からの行進』は、盧泰愚政権期である1991年が現在である。
 高在洙(コジェス)は、朝鮮籍のまま臨時旅行証明書もなしに済州島に向かい、空港で逮捕され、空港地下三階の留置場で一夜を明かした。そこで四・三済州島事件の犠牲者たちの声を聞くなど希有な体験をしながら、強制送還されるだけですまされた。しかし、高在洙を済州島で調べた「ソウルからのソンニム」=南山の安企部から来た訊問官チャンマンギュは、大阪の総領事館に公使待遇の副総領事として赴任し、高在洙に接見を求めてくる。高在洙の周辺にいる在日の知識人や有力者を取り込む為であるのは明白だった。
 高在洙は作家金一潭(コイルタム)の論文を思い出し、未知の金一潭に手紙を書いてから電話をし、新宿で会うことになる。金一潭の論文は、金一潭を首謀者にした間諜事件のでっち上げを暴露したものだった。金一潭も韓国から無事に「強制送還」された高在洙に関心を持った。
 一方、韓成三(ハンソンサム)は1984年に韓国で逮捕されスパイにでっち上げられた経験を持っている。
 KCIAの後身である安全企画部は、ノルマ達成の点数稼ぎで「スパイ」捏造を繰り返していた。まったくのでっち上げで反国家活動家にされてしまった韓成三は、拷問に屈して韓国政府への忠誠を誓わされた。彼は、反「韓国政府」的態度を崩さない作家金一潭を工作する任務を押しつけられて帰国した。顔と身体そして精神に消えぬ傷痕を残した韓成三は帰国後精神破綻状態に陥った。7年後の今日、症状は恢復したもののまだアル中のように精神不安定になっている。「権力による人間の精神、魂の操作」は7年の月日を経ても継続していくのだ。
 いまだ情緒に不安を抱える韓成三に、七年前の拷問官から電話がかかってくる。彼は現在韓国領事として赴任している。帝国ホテルで会談する領事と韓成三を、金一潭はA新聞の記者とともに見守っている。
 1991年と言えば、87年の民主化宣言を経て大統領直接選挙、翌年のソウルオリンピックがあり、韓国民主化が始まった時期である。小説中で作家金一潭はこう言っている。
「……時代が変化している。朴正煕、全斗煥たちの軍事独裁の狂気の時代、殺人政権の時代は終わったんだから。しかし残党というか、保守勢力の力、歴史の過去清算がなされないまま昔の親日派勢力が保守を代表して、保守といっても普通ではない反共右翼、極右でしょう。かれらが韓国社会を支配してきたんですよ。これは韓国民の意識の底まで染みこんでいるんだ」
 金一潭は韓成三を高在洙と結びつけ、ファシズムの残滓に反撃の攻勢をかける。
 『過去からの行進』は、在日朝鮮人を媒体に韓国の現代史を描いたのみならず、権力(暴力)による精神支配と、そこからの解放をテーマにした傑作と言える。記号としての「朝鮮籍」、思想としての「朝鮮籍」を武器にする作家金一潭は金石範自身をモデルとしているのは言うまでもない。
 在日政治犯を描いたり、小説の背景とした作品は少ない。関心のない日本人読者には難しいからだろうか? 黄英治『あの壁まで』は、在日政治犯の家族が主人公。死刑確定囚として収監されるアボヂ(父)に面会するため渡韓した娘が、ソウルで出会った年上の留学生女性に助けられながら意志を固くしていく。獄中のアボヂは転向しない。魂まで侵されない。民主主義はこのような人々の闘いの果てに獲得され、今も獲得されつつあるものなのだろう。気を緩めれば、「祖国にたいする忠誠の誓い」の名の下に、一部の既得権益者の犠牲に成らざる得なくなる。これは決して過去の話でもなく、韓国だけの話でもない。

金石範の『過去からの行進』上下(岩波書店 2012年2月 各3100円+消費税)

« 孔枝泳『トガニ』(コン・ジヨン「るつぼ」)공지영 도가니 | トップページ | 海角七号 春が来れば 私の小さなピアニスト »

「書評」カテゴリの記事

「金石範」カテゴリの記事

コメント

『過去からの行進』の書評を準備中。 
磯貝さんも、中日/東京新聞に書いています。 先を越されっぱなし。
「駄駄っ児」の紹介、ありがとうございます。

考えてみればご無沙汰ですね。
連休中に一杯やりますか?

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/571716/54593690

この記事へのトラックバック一覧です: 金石範の『過去からの行進』:

« 孔枝泳『トガニ』(コン・ジヨン「るつぼ」)공지영 도가니 | トップページ | 海角七号 春が来れば 私の小さなピアニスト »