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2012年1月16日 (月)

『根の深い木(景福宮の秘密コード)』

20111006132200d14 根の深い木
文学と映画 行ったり来たり第17回

権威主義者は堕落している
イ・ジョンミョン『景福宮の秘密コード』

  朝日新聞のグローブ「ソウルの書店から」で11月のベストセラーとして『根の深い木』が紹介されたので、少しためらったが上下巻合わせて4000円もする翻訳本『景福宮の秘密コード』(河出書房新社)を購入した。安くはなかったが良かったと思う。原書で読むには相当の努力が必要だったろう。
 作者は『風の絵師』でも知られるイ・ジョンミョンで、この『根の深い木』もベストセラーとなって注目されたあとテレビドラマ化されて高視聴率なのだそうだが、ストーリーは小説とはだいぶ違うらしい。
 物語は世宗大王治世下の宮城内連続殺人事件をめぐるミステリーだ。メッチャ面白い。宮城でおきた殺人事件を若い兼司僕(護衛隊員)カン・チェヨンが追いかける。カン・チェヨンは驚嘆すべき執着心と心身のタフさで駆けずり回る。このカン・チェヨンをテレビドラマではチャン・ヒョクが演じた。配役はピッタリだ。
 殺されたのは宮廷の知性を集めた集賢殿の研究者たち。事件は連続殺人事件となる。カン・チェヨンが捜査するうちに世宗の進める新しい実用学と、旧態依然とした経学派、事大慕華(中国の文物を崇拝する思想)との対立が見え隠れしてくる。四書五経などの中国の思想と漢文を信仰する支配層=経学派は、新しい技術が広がって既得権益を侵されることを怖れている。特に朝鮮独自の文字が創設されると、庶民が文字を読めるようになり、両班たちは自らの特権が侵される危機感を抱いた。また中国の文字である漢字こそ文字であって、独自の文字を使うなど野蛮なことだと信じている。
 更に市廛(シジョン)商人と呼ばれる特権を得た商人が背後に暗躍する。彼らは特権官僚と癒着している。小説では改革を進める世宗さえ命を狙われる。
 世宗大王といえば、韓国では一万ウォン札の顔でもある。朝鮮王朝ならずとも歴代朝鮮半島統治者のなかで、最も愛されている王であると言っても過言ではあるまい。世宗は15世紀前半の朝鮮に君臨した第四代国王であり、何と言ってもハングル(訓民正音)の制定を行ったことで知られる。世宗は集賢殿を設置して、ここに優秀・有望な学士を集め、文化・技術の研究を奨励し、王の諮問機関としての役割を果たさせた。
 その成果は王立天文台である簡儀台の設置。天体観測器の製作。時間を測定する日時計と自動水時計の製作。それらの新技術によって農業気象学を発達させた。農業技術の改良と勧奨のために『本国経験方』『農事直説』などの農書を編纂させ、活字・印刷技術も発展させた。医学の進歩を奨励し、医学書『医方類聚』を編纂させた。また、新しい兵器を開発して、辺境の警備を強固にしたし、日本に使節を送って日本の実情も調査させた。中国の音楽に囚われない朝鮮の雅楽復興も奨励した。つまり民族的科学文化を発達させたのである。そのために世宗は身分に関わりなく優秀な者を取り立てた。
 しかし、世宗の進めたこれらの学問や科学技術は当時の支配層によって「雑学」と呼ばれ蔑まれた。
 こうした歴史的事実を背景にしたミステリーだから朝鮮の歴史に関心のない方には面白くないかも知れない。しかし、ハングル(訓民正音)の制定に力を注いだ鄭麟趾(チョン・インジ)や後に「死六臣」と呼ばれる成三問(ソン・サンモン)や朴彭年(パク・ペンニョン)らが登場して主人公のチェヨンを助けたりして、ちょっとした歴史好きだったらワクワク読めるのである。更に屠畜を生業とする泮人(パンイン)でありながら、獣の解剖を通して医学の知識を身につけ、検死にも力を発揮するカリオン。聾唖の宮女ソイの存在は、読者の思いもかけぬ謎を孕んでいたのだ。
 権威主義者は結局精神が腐敗していて、底辺で駆けずり回っている、汗臭く汚れた青年こそ美しいのだという物語として読むこともできる。
 いつの世にも自己の既得権益を守ることこそ、公共の利益に叶うと本気で信じているバカがいるものだ。これは国家においても、地方自治体でも、会社組織においても同じだ。団地の自治会なんかでも業者と癒着した自治会長なんかがいたりする。彼らは一応に住民のことは考えていない。考えているのは自分の利益だけである。歴史はいつも堕落した精神との闘いである。
 テレビドラマではチャン・ヒョクのほか、世宗大王にハン・ソッキュ、ソイに「清純グラマー」シン・セギョンが扮して人気を博したということなので、日本でも公開するだろう。

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