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2011年7月 9日 (土)

書評 戸田郁子『中国朝鮮族を生きる――旧満州の記憶』岩波書店

 80年代に青山のシアレヒム語楽塾で朝鮮語を学んでいたときに、歌曲「先駆者」を習い教室どころか酒席でも皆で歌ったものだ。抗日独立運動の先駆者を讃えた歌だ。同じ記憶を戸田郁子も書いている。戸田は書いていないが、韓国独立戦争を描いた李長鎬監督映画「一松亭の青い松」でもバックに流されたと記憶している。当時は今のように韓国映画は普通に上映される時代ではなかった。自主上映会で観たのだ。上映後の論議も白熱した。朝鮮独立軍に対峙する悪い侵略者は日本なのだから、複雑な気持ちになる人もいたようだ。「先駆者」はそういう反日本帝国主義を前提とした歌でもあった。
 戸田は中国東北部にある龍井(リョンジョン)市郊外をこの歌の舞台と思い、山頂の松の木辺りを幾たびも訪れたそうだ。韓国からの観光客にも人気のコースだっだ。しかし、この歌は捏造されたものだった。もともとの歌と曲は同じだが、詩は流浪の民の哀愁を歌ったもので、作曲者の趙斗南(チョドゥナム)も、独立軍の戦士とされた作詞者尹海栄(ユンヘヨン)も、親日団体で働く音楽家で親日歌曲を作っていたのだった。延辺のルポ作家柳燃山(リュヨンサン)の調査によって明らかにされた事実は、今日の韓国では周知のようだが、わたしは知らなかった。
 これはわたしの思い出に被る個人的感想に過ぎない。この本の中心はそんなエピソードではない。この本が明らかにしたのは、中国に移民し、忘れられた朝鮮人たちの歴史だ。と言って歴史の本ではない。戸田が出会い親交を深めた一人ひとりの姿が歴史的背景の上に浮かび上がってくる。
 かつての抗日闘志で中国朝鮮族女性幹部として最高の地位についた李敏(リミン)。彼女の革命的な恋愛と結婚生活と文化大革命時に受けた凄惨な迫害。日本兵としてシベリアに抑留された朝鮮族の鄭賢柱(チョンヒョンジュ)さんや高鍾吉(コウジョンギル)さんたち。「満州国」皇帝への献上米を作っていた呉正黙(オジョンモク)さんは、龍井でブランド米の開発普及や観光地開発で地域起こしに東奔西走している。延吉でテコンドーを教える韓国人の李裕成(イユソン)さん。戸田を「娘」と呼ぶ延辺大学朴昌昱(パクチャンウク)教授。戸田が「娘」として愛する金財花(キムジェファ)は朝鮮族小学校に通っていたが、今は結婚して蘇州で暮らし、韓国企業に勤める夫に従い韓国にも来るようだ。様々な顔が登場し、そのひとつひとつが歴史を語っている。
 戦時中軍国少年だった野村義男は、満州に出征して軍に捨てられ朝鮮族に救われた。晩年は贖罪の旅を続けていた。日本の反戦詩人槇村浩、韓国の国民詩人尹東柱についても戸田は足で語っている。
 青山里闘争で日本軍を打ち破り名を馳せた金佐鎮(キムジャジン)将軍の息子は、韓国では映画にもなって有名だが、曾孫はドラマ「朱蒙」で日本でも人気の宋一國だ。母違いの娘が黒竜江省牡丹江に住んでいた。
 19世紀末に生まれた金笑來(キムソレ)は現代社会を予言したようなグローバリズムを持った独自の理想主義者だが、日本はおろか韓国でも知られることがない。戸田はその娘金貞婉(キムジョンワン)さんに取材している。
 戸田はなにしろ何処までも足を使って取材する。朝鮮革命軍総司令官梁世鳳(リャンセボン)について調べるため、「一人で汽車を乗り継ぎ、おんぼろバスにも乗り合いの三輪タクシーにも、ロバの引くリヤカーにも乗」って中国遼寧省の奥地にその足跡を訪ねた。そこで現地の人と「日本人立入禁止」と書かれた映画を見たりする。
 わたしはこの本を読みながら、「延辺の人民は毛主席を熱愛する」という文化大革命時代の歌を思い出していた。この本に登場する中国朝鮮族の人々は文化大革命時に迫害を受けている。旧満州で日本人に次ぐ特権を与えられた朝鮮人は批判の対象になったのだ。文化大革命も日本の犯した罪と無関係ではなかった。この一冊の小さな本には、多くの苦痛の歴史と、煩悶と深い希望と少しの戸惑いが込められている。
 この本の各所に戸田の夫で写真家の柳銀珪(ユウンギュ)撮影の写真が散りばめられている。柳銀珪が1998年に出した写真集『忘れられた痕跡』を見れば二人の同志関係が良くわかる。

 著者は、80年代に韓国の名門高麗大で歴史を学び、その後も中国にも留学して中国語も修得した。ユーモアを交えた平明な文章で、突撃生活体験を紹介した『ふだん着のソウル案内』や『ハングルの愉快な迷宮』などの著作がある。現在は韓国で「図書出版土香(トヒャン)」と名付けた小出版の運営に忙しいと聞く。

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