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『在日朝鮮人文学 反定立の文学を越えて』(新幹社) 

Hyo01『在日朝鮮人文学
 反定立の文学を越えて

                                    新幹社 1500円+税
 
 *お近くの書店の他、Yahoo!ショッピング、 amazon、楽天など
  でも取り扱っていますが、
    お急ぎのご注文は、新幹社:TEL03-6256-9255へ
  

 


『在日朝鮮人文学 反定立の文学を越えて』所収論考 初出一覧 

錆びた洗面器から文学は生まれた 『ほるもん文化』7号(1997年2月)
「在日朝鮮人文学」の変容とは何か 『國文學』2009年2月号(第54巻2号)
「民族エゴイズムのしっぽ」を断ちきって 『新日本文学』2001年5月号
在日朝鮮人文学史を根本から見直す、脱植民化の実践  「愚銀のブログ」2016年1月
転換期の作家・李良枝  『神奈川大学評論』47号 2004年3月
金重明『幻の大国手』再読  「愚銀のブログ」2016年8月
国家主義史観を打破する──金重明『小説日清戦争』 『図書新聞』2019年2月23日号
「蔭の棲みか」は何を描いたか  『朝鮮新報』13443号 2000年4月19日
「在日」の記憶を葬ってはならない  『民族時報』第1118号 2007年7月24日
父親は死刑囚 黄英治『あの壁まで』 「愚銀のブログ」2016年8月
黄英治『前夜』──絶望的状況下、在日朝鮮人は実存する 『神奈川大学評論』82号 2015年11月
忘却に対抗する記憶──黄英治『こわい、こわい』  『図書新聞』2019年6月1日
我が内なる憎悪と対決せよ──深沢潮『ひとかどの父へ』  「愚銀のブログ」2015年5月
繊細で壮絶な抵抗──崔実「ジニのパズル」  「愚銀のブログ」2016年5月
ヤン ヨンヒ『朝鮮大学校物語』 「愚銀のブログ」2018年5月
目は海の青に染まり、胃はサザエで満ちる──『済州島で暮らせば』 「愚銀のブログ」2018年5月
〈私〉の物語から始まる同時代への批判 『オルタ』2000年12月号
人民の自由は地上にあるのか?──JR上野駅公園口 「愚銀のブログ」2014年6月
『貧乏の神様』を読んで『仮面の国』を再読する 「愚銀のブログ」2015年4月
柳美里文学の旋回─孤独から連帯へ『人生にはやらなくていいことがある』 「愚銀のブログ」2017年1月
金泰生と在日朝鮮人文学の戦後 『さまざまな戦後』[第一集] 1995年6月
鄭承博と金泰生 『〈在日〉文学全集』第8巻 解説 2006年6月
虚無と対峙して書く──金石範論序説 『社会文学』第26号 2007年6月
在日の実存を済州島に結ぶ  『神奈川大学評論』83号 2016年4月
「泥酔の四十二階段」の問題 『同行者大勢』11号 2015年6月
戦い続けなければ「民主主義」は奪われる──金石範『過去からの行進』  「愚銀のブログ」2012年4月
畏怖する文学──金石範「地の底から」 「愚銀のブログ」2014年1月
闘う老作家の生きる意欲を見た──金石範「終わっていなかった生」 「愚銀のブログ」2015年12月
作家精神の習作期を問う──金石範「消された孤独」 「愚銀のブログ」2017年9月
痛哭して壇君の後裔に祈る──尹在賢『凍土の青春』 「愚銀のブログ」2015年8月
朝鮮学徒志願兵の抗日闘争──尹在賢『ある独立運動家の祖国』 「愚銀のブログ」2015年8月
「学徒兵世代」の描いた朝鮮民族の傷痕──麗羅『山河哀号」 「愚銀のブログ」2017年2月
日本プロレタリアートは連帯していたか  『新日本文学』2001年9月

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2020年9月17日 (木)

ピョン・ヘヨン『モンスーン』

勤労市民の生はブラックホールに吸い込まれる
ピョン・ヘヨン『モンスーン』(姜信子訳 白水社)

Photo_20200917110901  新型コロナウィルス禍によるパンデミックによって、世界は新しい日常を外側から強要された。人々は顔の下半分を隠し、近寄りすぎず、集まらず、面と向かって話し合ってもいけない。会社も学校もリモート化が進み、人と人の接触は極力避ける、そういう社会で我々はブラックホールに吸い込まれるかのように、見えない任務を果たしていくのだろうか。
 ピョン・ヘヨンの『モンスーン』(2019年8月 白水社)は、コロナ後の世界はコロナ以前から始まっていたのではないか、と思わせる。我々は資本主義によって分断され、既に向かい合うことを自制されていた。ソーシャルディスタンスはとっくに始まっていたのだ。
 「同一の昼食」には直接〈人間は他人と少なくとも二メートル以上の距離を置かねばならぬ存在なのかもしれない。〉と書かれた。大学の複写室で商売する彼は、学生や講師たちとはまったく親交がなかった。彼の一日は定食Aセットを基準に、午前と午後が転写画のように反復した。昨日と今日が、先週と今週が、昨年と今年が同じで、未来は過去と同一のようだった。
「観光バスにのられますか?」では上司の指示で大きな袋を運ばされる二人SとKの道中が描かれた。彼らは指示された通りにバスに乗って目的地に行き、その都度ケイタイに届くメールの指示を待って別のバスに乗る。そんなこと繰り返すが自分たちが何をどこに運んでいるのか知らない。仕事はブラックホール化していて、もう殆どの者には理解出来ない構造になっている。多分人生も同じだろう。
「ウサギの墓」で地方に派遣された彼は、毎日都市から来た文書を整理して、その都市と関連する情報を検索収集して簡潔な書類にまとめるのが仕事だ。何のための仕事かは分からない。仕事の目的が分からないまま日々を繰り返す。
「散策」の彼は妊娠した妻を伴って支社勤務の辞令を受ける。放し飼いされる大型犬を妻が怖がり外出もままならない。彼は犬を処分するために森に入るが、道に迷って帰れなくなってしまう。我々は何の意味か不明な前進を余儀なくされて、帰り道は見えない。
「クリーム色のソファの部屋」では、支社勤務を終えソウルへ向かう夫婦と赤ん坊の道中だ。雨が降ってきたのにワイパーが動かない。夫のジンにとって車とは内部のことがまったく分からない黒い機械のかたまりに過ぎない。ブラックホールだ。この小説も主人公たちは帰れない。帰ろうとしてもトラブルが続出してたどり着けないのだ。
 そしてこの主人公も、自分の世界が巨大な船舶の一部に過ぎず、労働者たちが製造する部品と変わりがないと知っていた。
「カンヅメ工場」の従業員たちにとってはカンヅメがブラックホールのようなものだ。彼らはカンヅメのふたを開けるとき、飯を食っているのか、検査をしているのか、分からなくなり、結局どっちにしても生産工程の一部だとばかりに機械的に口を動かす。
 彼らの誰もがひそかにカンヅメに何かを入れて密封した経験がある。現金だったり、指輪、クリスマスプレゼント、家の書類、市場で買ってきた猫の肉、死んだペット犬の死骸、鼻をつく臭いの靴下と下着等々だ。工場長が失踪したが次の誰かが替わるだけだ。
 表題作「モンスーン」には、消えた灯りを点す再生の意味がありそうだ。しかし他の作品同様なんら説明はない。読者は想像しなければならない。
 赤ん坊を亡くしてテオは会社を辞めた。テオは子どもの死に関して妻のユジンを疑っている。団地の工事停電の日、テオが駅前のバーに入るとユジンの勤める科学館の館長が近づいて来て一緒に飲むことになってしまう。テオはつい赤ん坊の死について不用意な言葉を発してしまう。テオは誤解を意識した。それはユジンになすりつけた罪をテオが被る行為であり、自己の正当化を崩すものだった。想像は誤解を生むかも知れない。読者としては読書そのもの危うさも考えなければならない。
 ピョン・ヘヨンは不条理な現実世界を読者に突きつけてくる。我々はデジタル化し、リモート化した仕事の意義を肌で感じることができなくなりつつある。金儲けだけが目的であれば、作業がブラックホールに吸い込まれ見えなくても良いのだ。しかしそれは支配階級の論理だ。
Photo_20200917110902  同じ作者の作品をもうひとつ紹介したい。『ホール』(カン・バンファ訳 2018年10月 書肆侃々房 韓国女性文学シリーズ)だ。
 交通事故で妻を失い、自分は目の瞬きで意思表示をするだけの寝たきり状態になった男オギ。左手だけがようやく動くようになり自宅に帰るが、既に両親を亡くし家族は妻の母だけだ。オギと義母の関係は典型的な非対称性の暴力関係にある。
 男が俗物だったとしても、不倫の経験が何度かあったとしても、妻との関係が上手くいっていなかったとしても、動けず喋れない人間の人権を蹂躙はできない。しかしこの小説では被暴力支配下にある男の絶望への道が描かれる。冒頭で医者はオギに生きる意志の重要性を解き、オギは励まされるが、身動きできないオギの人生はことごとく潰されていく。
 人間が落ちていく穴はどこにでも誰にでもありそうで、また誰もが掘ってしまう。気付かぬうちに自分が非対象的な暴力を振るっていることもあり、人を穴の闇に導いているのかも知れないという恐怖が横たわっていることもある。自覚しなければならない。
 ピョン・ヘヨンはこの小説でアメリカの文学賞シャーリイ・ジャクスン賞を2017年に受賞している。他に日本語訳が出版されているものとしては、短篇集『アオイガーデン』(2017年 クオン)がある。

2020年7月23日 (木)

善野烺『旅の序章』

善野烺『旅の序章』解放出版
差別と暗い情念

Photo_20200723204701  小説集『旅の序章』は前半の短篇6点と表題作の長篇とによって構成される。どの作品も基底にあるのは差別を強いられる場=トポスの暗い生命力だ。被差別部落は日本人のナショナリズムを維持するために必要不可欠な要素であり近代国家の犠牲だった。
 冒頭の短篇「時の流れ」に描かれたのは、被差別のムラで性を体験したが、その後仕事を転々として底辺を這いつくばって生きてきた男の情だ。女とは縁の無いまま行商暮らしをして暮らす中年男に訪れる出会いが愛おしい。
「十年後の手紙」の時本信夫は自身の出身地集落が運命的に背負わされた問題で屈託せざるを得ない。十年前高校生のとき手紙を貰って言葉を交わした女子高生がいた。進学校でただ一人就職だった彼女に、信夫はバカにされた気がした。今になって彼女がその後不幸な半生を辿ったことを知ることになる。
 「年暮記」の信夫は神戸に住んでいるが、北埼玉のK町に住み本庄で店をやっている易子に会うために涙ぐましい努力をする。大阪から夜行バスに乗ろうとしたが降雪のため運休だった。なけなしの金で寝台に乗って東京に出て、高崎線で熊谷から秩父に向かった。秩父鉄道沿線には易子との思い出があった。
 易子とは神戸で知り合って遠距離恋愛を続けてきた。信夫はなんとなく易子が自分と同じ立場ではないかと考えていた。しかし信夫の出生が分かると易子の兄から強く反対されてしまう。
 信夫は秩父鉄道の終点三峰口まで行き、バスとロープウェイを乗り継ぎ更に歩いて三峯神社まで行き電話したが、易子は出なかった。信夫は易子と会うまでに右往左往して時間を潰す。そのあげく夕方本庄のホテルに入り、夜中になっても来ない易子が心配でタクシーを頼んでK町まで行って引き返したりする。信夫にとっては易子との性交以外は時間潰しに過ぎないかのように残酷に描かれる。出生地の闇を抱え恋人の家族に反対される信夫は不安で仕方がない。いつ捨てられるかビクビクしている。
 「師走の記」の時本和夫は妻の幸子と神戸に住んでいる。幸子の実家は埼玉だ。「年暮記」の信夫と易子の関係を先に進めている。大阪に住んでいる幸子の叔父小池信吉が死んだという報せが届く。阿倍野の病院の霊安室には信吉の同僚だった足立らが待っていた。信吉と親しかった足立はもろもろの手配など親切に立ち回ってくれたが、時本は足立の話に朝鮮人に対する侮蔑を感じて厭な気持ちになる。「在日」や「部落」はやっかみと侮蔑の対象への符帳なのだ。時本には符帳の当事者として足立の言葉が胸に刺さる。信吉の入っていた創価学会の信者に、信吉の住んでいた「あの辺り」は暴動が起きたり不穏な地域なので注意するように言われる。差別の場は至る所に存在し立場によって異なる。
 「窒息」も「年暮記」と同様に埼玉県北部が舞台として描かれ、北関東の殺伐とした雰囲気に読者として共鳴する。会社員の橋本信は、天皇の様態の悪化を懸念しての「自粛」や、その死(1989年=昭和64年1月7日土曜日朝)をめぐって周囲のわざとらしい慰謝と自慢のない交ぜになった態度を嫌悪していた。新しい元号「平成」や「平和主義者」としての天皇賛美の風潮を腹立たしく思っていた橋本は、悪酔いして同僚で高校後輩の青山に絡み青山の過去を責める暴言を吐いてしまう。
 昭和が終わり平成という年号が動き始める時制が、「令和」という虚構の始まりに新型コロナ汚染という現実を前にして自粛して耐える現在と重なって見えてくる。天皇という幻想に暦を司らせる虚構の祝祭から放逐された自意識が主人公にはある。
 橋本は取引先の土井工務店の土井が苦手だった。土井は五十がらみの紳士でゴルフや土井工務店の慰安旅行に誘われて付き合っていた。ところが土井にホテルに誘われて彼の嗜好を知り避けるようになっていた。
 土井は六〇年安保世代で学生時代は国会前デモに参加していた。土井は自分を「ボウトの血とアイヌの血が混じっている」と自任している。ボウトというのは秩父困民党のことらしい。天皇に逆らった暴徒だ。
 職場では天皇の代替わりと新年号に嬉々とする雰囲気に反発し青山に感情をぶつけた橋本だったが、同性愛者の土井の身を以て語る天皇制批判には感情が追いつかない。
 風邪を引いて会社を休み寝ているところに青山から生徒を暴力で半身不随にしてしまった真相を告げる手紙が届く。橋本は自分の「反天皇制」が気分だけで実のないものだ思い知らされたに違いない。
 この小説集には、度々被差別部落出身である不遇から恋愛成就がままならぬ男が描かれているが、「陽炎の向こうから」では、主人公の時本ではなく、見知らぬ男が手帳に残した日記から、震災で逝った恋人洋子の心情に寄り添っている。洋子は求婚する彼に「あなたとの間には乗り越えないといけない壁があるのよ……」と言った。勿論出身地の問題である。この作品には時本の友人が経験する人種差別も語られ、差別に対する客観的視点や差別構造の多重性が(表層的ではあるが)描かれる。この小説は最後に希望を語るが、しかし社会がどう変わろうと差別はウィルスのごとくに変形しながら生き延びる。闘い続けなければ増殖するのだ。
 作品集の半分を占める「旅の序章」は、「僕の出生地の問題」に関わって女に愛されなかった青春時代と困難だった就職を描いた。僕はビニ本と呼ばれるエロ本中心のチェーン店本部に就職し長崎や佐世保に長期出張して店の運営にあたっていた。あるとき昼勤を頼んでいる矢沢というおじさんと飲みに行くと、矢沢は兵隊時代に同僚の兵隊が上官の命令で民間中国人を銃剣で刺し殺すのを見たという。その同僚兵隊が同和地区出身だったと言う。十二人までは突き殺すのを数えたがそれ以上は見ていられなかった。
 本部に帰って本店の手伝いをするようになったが、二十四時間営業の方針を実行できない僕は退職してしまう。会社の寮を引き払ってアパートを見つけた僕は仕方なくスーパーマーケットのアルバイトを始めるが、そこも二十四時間営業だった。この設定は現在のコンビニ経営者の過重労働を先取りしている。
 僕は『かよちゃん』という女将がひとりで切り盛りする食堂の常連になる。『かよちゃん』は差別される地区のど真ん中にあって、被差別部落出身の僕としては気兼ねが要らない場(トポス)だった。
 僕は、行き着けになった喫茶店で働く天真爛漫な恵子と親しくなる。マスターに「あの子はね、屠場のある、あっちのほうから通っている」と教えられる。僕は身寄りのない恵子と蜜月関係になる。
 万引きする不良少年たちともめて怪我したのを切っ掛けに店を辞めてしまった。実家に戻って教員になるために大学に学士入学するが、恵子との連絡は取れなくなってしまう。
 この作品には阪神淡路大震災がエピローグとして書かれている。被災地のボランティアで、長崎で出会った車椅子の吉田と再開する。『かよちゃん』のあたりはすっかり更地になっている。この小説は東日本大震災後に書かれている。表現がやや軽きに失すると雖も、震災後の希望へと繋げたい作者の心情は理解出来る。
〈可能的に、「国民」の一部を「非国民」として、「獅子身中の虫」として、摘発し、切断し、除去する能力、それなくしてナショナリズムは「外国人」を排除する「力」をわがものにできない。〉
                                                               (鵜飼哲『まつろわぬ者たちの祭り』インパクト出版2020年4月)
 世界を疲弊させる排外主義は、国内に必ず被差別階級を生み出し攻撃する。同時に差別される側に妬みや嫉妬、劣等感と裏返しの優越感という暗いエネルギー情念を生み出す。

2020年6月20日 (土)

金石範「満月の下の赤い海」(『すばる』7月)

鎮魂の文学が、生と死の端境に佇むわれらに齎すものは何だ
金石範(キム ソクポム)「満月の下の赤い海」(『すばる』7月)

20207  小説「満月の下の赤い海」は、今年95歳になる老作家金石範が生涯のテーマとして追求してきた済州島四・三事件と、在日朝鮮人の実存を結びつけ性である生と死を弔った作品だ。
 在日韓国人の若い女性ヨンイと在日朝鮮人作家であるK先生とのやりとりが小説全体の枠を形成している。それは韓式軽食レストランでの待ち合わせから韓式食堂でのホルモン鍋を突きながらの会話、更に帰りのタクシー中の性的交流まで続き、K先生が帰宅した翌日、二日酔いの散歩での思索と妄想で一旦終了、劇中劇ならぬ小説中小説を挟んで二ヶ月後、三ヶ月後の感慨で幕を閉める。
 ヨンイは韓国の大学院で日帝時代の文学、皇国臣民化のための文学、親日文学について学んだが、今は35歳で韓国舞踊を学んでいる。彼女は「帰化」を指向する父との軋轢に悩んでいる。また母親が済州島の海女だった経験を持つことなどから、済州島四・三事件をモチーフにしている作家K先生にシンパシーを寄せている。ヨンイはK先生の小説『海の底から、地の底から』を持参していて、小説の話や、済州島の海の話をしたい。K先生の小説を読み、軀の空虚を埋める羊水の海から、自分を死者の群れとともに飛び出した海女のように感じていると思いたい。ヨンイはK先生の本を通じて、済州島の海に繋がる母を感じてもいる。済州島四・三事件と現在の在日朝鮮人を結びつけた文学的表出としてのK先生の文学を直感しているに違いない。
 またヨンイは内化できず日本語に圧倒されるウリマル(韓国語)を意識している。本来母語を意味するウリマルだが、在日韓国人であるヨンイにとって韓国語は所詮、母語ではない。K先生にとっても同様で、在日朝鮮人作家にとって日本語で書くことの意味と苦悶は一言で語れることではない。金石範は『ことばの呪縛』(1972年7月 筑摩書房)、『民族・ことば・文学』(1976年11月 筑摩書房)以来、ことばの問題を考え続けており、それらは最近も『金石範評論集Ⅰ文学・言語論』(2019年6月 明石書店)としてまとめられている。
 二人の会話は、時制的には2001年10月6日が想定されており金石範は76歳になったばかりで、K先生も76歳だ。金石範の『海に底から、地の底から』が出版されたのは2000年2月だが、ヨンイは2001年8月発行の『満月』を先に読んでいるから、最近これを読んで冒頭を暗誦できるほどに熱中していることになる。
 ヨンイは民族舞踊に依って魂の解放(プリ)「ことばの変質と解放」を目指そうと思っていて、心は済州島に向かっている。
 帰らざる島、「イオド(離於島)」と呼ばれる済州島は風、石、女の多い三多の島と呼ばれるユートピアでありながら、生と死を分かつ海の島であり、虐殺の島だ。帰らざる島、一度渡ったら帰れない島「イオド」は、現実の済州島民から見れば更に先にある幻の島、形而上の島とも捉えられるし、虐殺を逃れて密航した島民にとっては日本こそイオドなのかも知れない。
 ここで金石範にはタイトルが似通った作品があるので注記しておきたい。
『海の底から、地の底から』(『群像』1999年11月号掲載)2000年2月 講談社
「地の底から」(『すばる』2014年2月掲載)収録単行本未刊
『海の底から』(『世界』2016年10月~2019年4月連載)2020年2月 岩波書店
この3作は別個の作品なので混同しないようにお願いしたい。
 ヨンイの問いに、K先生は今は小説は書いていないと応えるが、実は書いている。その小説のタイトルが「満月の下の赤い海」だ。小説の途中に挟み込まれる「満月の下の赤い海」は金石範の代表的長編小説『火山島』の登場人物ブオギを主人公としている。謂わばスピンオフだが、金石範がこの頃実際に書いていたかどうかは確かめないと分からない。少なくとも小説のなかで書かれたような雑誌発表は無かった。
 2001年は紀行文「苦難の終わりの韓国行」が『文学界』11月号に発表されるが、その後も2005年『すばる』6月号に、後に『地底の太陽』(2006年11月 集英社)としてまとめられる「豚の夢」を発表するまでは、紀行・エッセイなどだけで小説の発表は無かった。『地底の太陽』は『火山島』の登場人物南承之(ナムスンジ)を主人公とした続編で、更にその続編『海の底から』(岩波書店)が2020年2月に発行されている。
 『海の底から』には、「満月の下の赤い海」同様のブオギの李芳根(イバングン)追悼の場面が描かれている。『火山島』の主人公李芳根は、済州島きっての大富豪李泰洙(イテス)の長男で放蕩のニヒリストだが、南承之などゲリラ側の闘いに密かに手を貸している。『火山島』の大団円では母方の親戚で白色テロのお先棒を担ぐ警察警務係長鄭世容(チョンセヨン)を銃殺して、自らも自殺する。
 ブオギは李泰洙家の下女である。「ブオギ」とは台所女ていどの意味で、金石範読者には馴染みの「でんぼう爺」同様の通称であって本名ではない。ブオギは李芳根と性的関係を持っているが、見返りを求めるものではない。ブオギは名前を持たない被差別的存在だ。従順だが頑強で動物的に尽くす。朝鮮戦争が勃発し予備拘束された人びとが裸にされて「水葬(スジャン)」海上虐殺される。ブオギはその話を聞いただけでも身震いし、後に沙羅峯から椿の花を海に投げ入れて鎮魂する。
 ブオギの姿は、K先生に於けるヨンイが知的なファムファタールであるのと対称的にも見える。『火山島』でブオギは受動的存在として描かれ、四・三事件そのものに対して積極的に関わったり感想を述べたりはしなかったが、李芳根の死を迎えたブオギは能動的に追悼の働きを果たしていく。大女のブオギが屍体を担いで帰邸する道すがらの様子が詳細に描かれていて凄まじい。
 李芳根の恋人文蘭雪(ムンナンソル)を山泉壇へ案内したりする経緯は『海の底から』にも描かれる。『海の底から』では、ブオギは李芳根が死を選んだ場所で文蘭雪とともに巫女のように踊り狂う。「満月の下の赤い海」のヨンイも民族舞踊を習っているが、これは後追いの学習だ。
 ヨンイとの会食の翌日米軍によるアフガニスタン空爆の映像がテレビに映し出される。済州島四・三虐殺の後ろにはアメリカがあった。半世紀アメリカの戦争と虐殺は変わらない。
 K先生との会食から年を過ぎて一月半ばヨンイからの手紙が届く。ヨンイはカルフォルニアでディアスポラ研究学部に入学予定だ。
 金石範「満月の下の赤い海」は生と死を結んで命を語った。腐臭と欺瞞の充満した今日の日本でこのような鎮魂の文学を得たことが、我ら読者に問い糾す命の意味は重厚で厳かだ。

2020年5月 5日 (火)

金蒼生『風の声』

白色テロの嵐吹き荒れる戦後史を済州島と大阪猪飼野を結んで生きた姉妹
 金蒼生(キムチャンセン)『風の声』新幹社 2020年4月
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 見た目も性格も違う双子の冬芽(トンア)と雪芽(ソラ)。えくぼがあり快活で積極的な冬芽、切れ長の目を持つ少し内気な雪芽。二人は植民地支配下の朝鮮済州島に、器用で働き者の父高千基(コウチョンギ)と賢明で愛情深い李善姫(イソニ)のあいだに生まれた。
 しかし貧しくとも豊かな島の暮らしは、本土から来た西北青年団と警察の討伐によって変わった。若い男であればアカと疑われて殺された。双子の家も土間に竹があったというだけで、武装団の使う竹槍の材料だとみなされた。1948年に起きた世に言う「済州島四・三事件」だ。金石範の『鴉の死』や『火山島』で世に知られるようになるまでは、殆ど無かったことにされた歴史だった。余りの恐怖で日本に逃げた元島民までもが口を閉ざし続けていたからだ。
 戦後東アジアを覆った白色テロは、朝鮮、台湾、日本を連関して襲った。台湾では1947年に二・二八事件が起きた。日本では1947年5月に「外国人登録令」が制定され「日本国民」だった在日朝鮮人は法的に「外国人」として管理下におかれた。翌48年4月には朝鮮学校の閉鎖が強行され、神戸や大阪では大規模な抗議行動と当局との衝突が発生し、大阪の3万人集会では警官によって16歳の少年が射殺されている。小説の中でも、この「阪神教育事件」によって、のちに冬芽と結ばれる金希東(キムフィドン)が1年ほどしか民族教育を受けられなかった。
 1949年4月にはレッドパージが始まり民主勢力が公職から追放される一方、戦争協力者約20万人の公職追放が解除された。また8月には国鉄労組員や東芝労組員を冤罪逮捕した松川事件が起こされるなど一連の謀略事件がでっちあげられた。日本でも白色テロの嵐が吹きまくったのだ。
 冬芽と雪芽の一家は、家を襲撃され焼かれるも隠れていて命は助かる。しかし命の危機を感じた父千基は山に隠れ、母善姫は姉妹を日本に密航させる。善姫は妊娠した身体で警察支所に連行され棍棒で殴り殺される。
 狭い船底に揺られて胃液を吐きながら数日をかけてやっと大阪に着いた姉妹を母と親しかった時春(シチュン)が迎えにきた。大阪の朝鮮人密集地区「猪飼野」で雪芽は履き物工場に、冬芽は大衆食堂に住み込みで働く。二人はまだ9歳の身で親と離れて自分で働いた。これは特殊な例ではない。作家金泰生は猪飼野では「女の子でさえ、七つか八つぐらいでも働きに出されることがあった。」(『私の日本地図』未来社 1978年)と書いている。
 二人は母との再会を心待ちに一生懸命働き大阪弁も自由になるが、朝鮮戦争の報せを聞いて恐怖と両親の心配で胸を塞がれる。やがて成長した二人の前に更なる困難が立ちはだかる。封建的家父長制女性観の前に身寄りのない雪芽は苦汁を飲まされる。
 20歳で生んだ子どもに伽倻と名付け長年親しんだ履き物工場を離れて、シングルマザーとして雪芽はミシンで生計を立てる。冬芽は時春の息子希東と結婚した。
 60歳を前にした雪芽は1998年大阪で開催された「四・三慰霊祭」に参加した。そして四・三事件のことを体験者に聞きに行き、両親と故郷への思いを強くする。一方在日朝鮮人団体に属して朝鮮学校の教師だった希東の妻になった冬芽は「四・三慰霊祭」には参加しなかった。
 雪芽が済州島に帰る決心をした頃、冬芽の夫希東の癌との闘いが始まる。
 小説の時系列は一定ではない。日帝時代の描写もあれば、年老いた時春がヘイトデモに遭遇する場面も出てくる。
 この小説は60年ぶりに済州島に帰って村で一番古い家で一人暮らす雪芽が、窓を開けると雪混じりの風が頰を打つシーンから始まる。厳しい現代史を生き抜いた爽やかさの表現に適している。
 最終章、済州島の風景は美しく描かれた。
 作者金蒼生は大阪生まれで雪芽よりはだいぶ若いが、雪芽より少し遅れて済州島に移住した。挿画も作者が描いた。金蒼生の作品は他に『わたしの猪飼野』『済州島で暮らせば』などがある。

2020年3月15日 (日)

キム・フン作 戸田郁子訳『黒山』クオン

東アジアの転換期に翻弄される人民の生

キム・フン作 戸田郁子訳『黒山』クオン  2700円+税
Photo_20200315221101  貞純(チョンスン)王妃と言えば、韓国ドラマ「イ・サン」の敵役としてファンには覚えられているだろう。扮したキム・ヨジンは、「宮廷女官チャングムの誓い」で済州島の医女としてチャングムに医術の手ほどきをしたチャンドクだった。身分は低いが心正しい庶民の味方から、50歳以上歳上の王に嫁ぎ権力に執着して、血縁の無い孫サン排斥に動く王妃まで演じ分ける演技派の名優だ。
 キム・フンの歴史小説『黒山(フクサン)』は、貞純王妃の垂簾政治下の事件である。1800年6月に西洋の学術・科学の受容に寛容だった正祖(=イ・サン)が世を去り、10歳の純祖が即位すると貞純王妃金氏が政治の実権を握った。後の世まで朝鮮を儒教一辺倒の停滞と人民抑圧の腐敗政治に導いた安東金氏(アンドンキムシ)による勢道政治の端緒である。勢道政治というのは門閥政治とも言える。安東金氏の一族で政府の要職や地方の人事権まで掌握して、政治を私欲で左右する利権政治が続いた。人事権の掌握とは恐ろしい。安倍政権は2014年5月に内閣人事局を設置して官僚の人事権を把握した。こうして腐敗政治は始まるのだ。
 因みに貞純王妃は、正祖の父荘献世子(チャンホンセジャ)を讒訴して死に追いやった金漢耈(キムハング)の娘だ。
 そして貞純王妃が主導して、1801年に起きたのが辛酉教難(しんゆうきょうなん)だった。辛酉教難とは天主教つまりカトリックを大弾圧した事件だ。しかし宗教弾圧に止まらなかった。むしろ天主教取締に名を変えた政敵排除の事件だった。弾圧されたのは正祖を支えた南人派、弾圧したのは貞純王妃の兄金亀柱(キムグジュ)を領袖とする老論僻派だ。老論僻派は正祖の時代には公職から排除されていた。
 守旧派による先進派政治に対する報復が天主教弾圧という形に表れたのだ。小説では黒山島に流された丁若銓(チョンヤクジョン)と主犯格の一人として斬首される黄嗣永(ファンサヨン)を中心に、周囲の天主教徒や背信者、黒山島の人びとなど両班から庶民、奴婢まで様々な立場、多様な生が描かれている。黄嗣永の義父丁若鉉(チョンヤクヒョン)は丁若銓、丁若鍾(チョンヤクチョン)、丁若鏞(チョンヤギョン)の四兄弟の長男で家父長だった。丁若鍾は打ち首、丁若銓と丁若鏞は流刑に処せられている。丁若鏞の名は知る人も多かろうと思う。「牧民心書~実学者チョン・ヤギョンの生涯」というドラマもあったようで、これも敵役は貞純王妃だ。
 黄嗣永も歴史好きのあいだでは結構有名人。黄嗣永帛書の執筆者だからだ。それは朝鮮におけるカトリック教徒迫害の実態を北京の主教に報告し、軍艦と5万名以上の精鋭部隊の派遣を要請するものだったので、貞純王妃はじめ王権の実行支配者たちは恐れおののいたに違いない。黄嗣永は16歳で科挙に及第し王に手を握られた秀才だった。清廉な高才能文で正祖に可愛がられたというだけでも貞純王妃一派にとっては嫌な奴だ。
 小説の黄嗣永は丁家の叔父たちと親しく交わり、特に信仰心の強い丁若鍾の影響を強く受けた。心優しく、駅站の馬夫「馬路利」や丁若鉉に買われた奴隷の「六本指」にも丁寧に接した。黄嗣永は彼らに影響し彼らに保護されるが、逃亡先の昼間も暗い土窟の中で帛書を認(したため)めて捕縛される。
 馬路利は従事官の馬夫として冬の使行に従い北京に到着する。この往復が命がけで途中で死に捨てされる者も多い。馬路利は黄嗣永の言に従い天主堂のクベア主教を訪ねる。クベア主教は馬路利に清の銀貨四十両という大金と昇天するマリア像を渡す。朝鮮の事情が詳しく伝わっていなかったとしてもいかにも脳天気な対応だ。銀貨を発端として馬路利は捕縛され、黄嗣永をはじめ多くの命が拷問のうえ斬首刑に処せられる。
 丁若銓はどうか。取り調べ中に棍杖を受け苦痛を抱える身となり孤島に流されたとは言え、島の人びととの交流があり、現地妻を娶りある意味不自由がない。
 渡ることのできない大きな水と、陸地から離れた距離こそが流刑の刑罰なのだろうが、新しく近づいて来る時間を奪うことができないのなら、刑罰は無きに等しかった。054
 天主教徒であることを止める、いわば転向者であり背教徒としての煩悶は余り感じられない。そもそも信仰よりも西洋の学問・哲学に関心があったのかも知れない。事実、丁家末弟の丁若鏞はキリスト教の祖先祭祀廃止については批判的立場だったと言われている。(姜在彦『朝鮮儒教の二千年』459)
 丁若銓は島の若者昌大(チャンデ)と海や魚の話を交わしていくうちに、諦念にも似た一種の悟りの境地に到る。政治からは隔たらせられ、また無力でもあったが、丁若銓はここで生きることに決めたのだ。
 その水音の向こうにある海からは言葉は生まれて来ず、文字が定着する場所もなかった。言語が支配する世界と言語が生まれない世界とでは、どちらが怖いのだろうか。水音の向こうから、人間の意味を付与して作られた言葉ではなく、生命と事物の中で自ら紡がれた言葉が新しく芽生えることはあるのだろうか。183
 丁若銓は黒山の海の魚の姿や様子を、魚の言葉に少しでも近づいた人間の言葉であるように書こう決める。そして後に『兹山魚譜』を書き残した。
 小説の中でもう一人重要な役割を果たす人物がいる。朴チャドルだ。朴チャドルは小作農の息子だったが、下級官吏に取り入って出世し、文書改竄して儲けた金で捕盗庁の官員の身分となった。麻浦(マッポ)の塩辛屋で天主教に染まったが、摘発されて棍杖で十発殴られてスパイとなった。この男が黄嗣永の摘発に暗躍する。訳者戸田郁子の解説によると、作者金薫は朴チャドルのように「背教者だが、自分なりの真実を持っており、その真実を暮らしの中に築こうとし」た人物が好きなのだそうだが、私は嫌いだ。彼は背教者ではなく背信者だ。人の信頼を裏切ることで生きる道を選び最後は敗れたのだ。しかし強く責める気にもならない。捕まって死罪の免れない妹の殺害を、実際に棍杖を振るう執杖使令に頼んだチャドルの気持ちは如何ばかりであったろうか。
 私が好きなのは馬路利や六本指のように無邪気で疑いのない心の持ち主だ。昌大も好きだ。島に生まれ、島に暮らし、魚や海に詳しい。しかし無知ではなく文字を読み丁若銓から学ぶ。陰謀術策からは遠い素朴な生だ。更に陸地と黒島を行き来する船頭の文風世の達観した逞しさにも惹かれる。困難な時世にはそうした処世が身を助けるかも知れない。
 この小説に登場する天主教徒たちは、やや用心深さに欠ける。それは彼らが主義者ではなく信者であるせいか。教徒組織の要になっている甕屋の崔老人は、十字を切ったくらいで朴チャドルを信じてしまった。一旦捕り方に先んじて逃避に成功した姜詞女も、チャドルを怪しんでいながらなぜ逃げなかった。読んでる方は不甲斐なく思うのだ。
 19世紀、西洋のインパクトに対して東アジアに位置する清・朝鮮・日本の三国は鎖国か開国かを迫られてた。それは同時に近代を受け入れて社会改革を行うか、既得権益層を守るために排外政策をとって益々民衆から収奪するのかの選択だったとも言える。よこしまな支配者の言葉は良く伝わり、人民は耐えて逃げるのが運命なのだろうか。
 大きな歴史の局面に対峙して人の生は多様だ。大概はそのことに気づかないで過ごすに違いない。戸田郁子は、虐げられ踏みにじられる民は故郷を捨て辺境の地満州に至ったのだろうと想像力を逞しくした。ならば、キム・ヨンスの『夜は歌う』の無念にも繋がるかも知れない。
 歴史をもっと良く知りたい読者には、姜在彦『西洋と朝鮮』(朝日選書)、『朝鮮儒教の二千年』(講談社学芸文庫)を推薦する。金薫の翻訳されている作品は他に蓮池薫訳の孤将』(新潮社)がある。

2020年2月19日 (水)

倉数茂「あがない」

一人ひとりに固有な宇宙が存在する。
倉数茂「あがない」(『文藝』2020春)

2020 文学とは生きることの意味を問うものだと、あらためて考えさせらる。「あがない」はそういう小説だ。人間は一人ひとりがそれぞれの闇を抱えている。闇の深さも広さも人それぞれだ。
 主人公の祐(たすく)は子どものときから「必ず一番になれ」と育てられ、高校・大学とラグビー部だったが怪我して挫折、それでも営業マンとして死ぬほど働き実績を上げつづけ結婚して子どももできたが、リーマンショック後も更に頑張り続け、覚醒剤に手を出して堕ちていった。強殺事件に加担して服役を終えた今は解体業で肉体労働に従事しながら、今も薬物中毒の自助グループに参加している。
 祐の周囲は人生を病んだ様々な人びとが取り囲んでいる。
 解体会社の新米でキャバクラ通いする若者涼介。技能実習生として来日2年、酒も飲まず生真面目に働いて仕送りする外国人労働者のアジェイ。キャバクラで働き金を貯めては韓国に行っている歩美。現場に倒れていたところを救われるが、いつの間にか祐の解体会社で要領よく働く得体の知れない男、成島。広い家の独居老人吉田嘉平。
 そして、祐が服役するきっかけになった強盗殺人の主犯橋野。橋野は生まれた時から豚のように虐げられ地の底を這いずり回って生きてきた。ケージの中に閉じ込められて育つ豚は、肥えさせられて屠殺場に送られる。橋野は豚に譬えて自分も生まれて来ない方が良かったと言う。自己の存在に否定的な者は他人には更に冷酷になれる。
「そういうもんだろう、世の中は」
「そんなにまでして生きている意味があるんすか」
「なんで生きてるんだ。なんか意味あんのか」
「俺は自分が誰だかわかんないんですよ。」
「あんな人間生かしといたって無駄ですよ。税金の無駄。社会の無駄。」
「汚れや悪運って自分の一部のような気がする」
「ぶっちゃけ俺たちいらない人間ですよ。消えても誰も悲しみませんよ。だったら、そんなんで潰し合ったって世間は痛くも痒くもない」
 この小説にはこんな退嬰的な言葉が頻出する。得がたい理想から遠く離れ、自己肯定できない無念から他人を悪し様に扱う。犯罪者だけの特性とは言えない。権力と金力で世渡りして政治家になったった者も愚かしい虚言を飛ばしている。権力の前に言葉は「意味が無い」と嘯く。
 自分の親の介護を続けていると、老人介護施設で利用者である老人に横暴な振る舞いをするヘルパーの気持ちが分かってしまう。小説の話ではない。生産性のない自己の価値を他人を抹殺することで証明しようとする。
 主人公の祐は資本主義のレールを邁進する列車だったが、燃料入れすぎでトラブルを起こしてお釈迦になった。解体屋で作業する姿が象徴するものはなんだろう。作っても作っても壊し続ける資本主義の運命だ。生きている人間は社会の運命にどう関わっていくのか。
 われわれ普通の人間は、生きている以上毎日誰かを傷つけている。それでなくても動物を殺し、自然を破壊し、地球を汚染して生きていくのだ。では人間の罪とは何か。どうしたら贖うことができるのだろうか。
 祐は人生をあがなうある決意をし、別れた妻に会いに行く。再婚した元妻が病院で健全に働き、娘も明るく育っている姿に読者は灯りを見出すかも知れない。橋野は命に価値などないと言った。祐は悪意との死闘を決意してナイフを手に握る。
 自助グループでのスピーチ、小説の終わりはこう括られた。
「存在する僕たちと存在しない僕たちを乗せて、宇宙はふるふると震えながら走り続けます。」
作者、倉数茂は1969年生まれ。著作に『黒揚羽の夏』(2011年 ポプラ文庫)、『始まりの母の国』(2012年 早川書房)、『魔術師たちの秋』(2013年 ポプラ文庫)、『名もなき王国』(2018年 ポプラ社)などがある。本ブログでは、『始まりの母の国』『アイヌ民族否定論に抗する』についての記事がある。

2020年1月25日 (土)

栗林佐知『仙童たち』未知谷

私たちは隠れ蓑で姿を消せるか
栗林佐知『仙童たち 天狗さらいとその予後について』未知谷
Photo_20200125152801  相模原の障害者施設で入所者19人を刺殺し、入所者と職員計26人に重軽傷を負わせた元施設職員の裁判が続いている。この事件を特異な人間による特殊な犯罪として裁いて終わらせてはならない。被告の強い差別意識がどこから生み出されてきたのかを解明しなければ、同様の思考は沈殿し蹲りときどき爆発するだろう。親による子ども虐待事件の多発も「なんで親なのにあんなヒドイことができるの」と言って優しい自分とは無関係の話として聞き流していては、虐待は減らない。犯罪者を葬り去れば済む問題ではないのだ。
 実利的には役に立たない存在が、あるいはそれほど役に立っていないと自覚した存在が、存在価値を評価されず抹殺されたら、差別の無い社会が生まれるだろうか。否、そこには新たな差別が生まれるだけだ。生産性では計れない存在の価値を私たちは考え続けなければならない。これは文学の問題だ。
 栗林佐知は前作『はるかにてらせ』でも生きがたさに寄り添っていた。新作『仙童たち』の登場人物たちも生きがたい人びとで、生きがたい世界の構造に「役立たなさ」から切り込んだ小説だ。
 四人の小学生が遠足の途中で遭難してひと晩を山で過ごした。四人はどうしたのか。『仙童たち』はその四人の小学生のその後を語るものだが、天狗にまつわる物語と小説のなかの現実がリンクしている。冒頭は非常勤学芸員の研究発表から始まり、研究タイトルは「多摩西南地域の天狗道祖神──庶民信仰をめぐる一考察」だ。
 ユーモアとシリアスが交差した文体で、民俗学や歴史学の知識を下敷きにしながら、イジメや差別、発達障害、更にはフェミニズムと男尊女卑社会の問題などが巧みに織り込まれている。
 天狗信仰などの民間伝承が消された背景にあるものは、科学的教養の普及だけではない。天皇中心の国家神道を目指す明治政府による神仏分離令、修験廃止令、神社合祀等の政策と廃仏毀釈の大衆運動があった。
日本の古き神々が近代国家権力によって排撃された歴史だ。
 それにしても、四人のひとり鯨川かんなの母親が、娘かんなを罵り正義の鉈を振り下ろす場面では、読者である自分の姿を見せつけられるようで反省しきりとなった。
〈かんなの世界は、母上の言葉でできていた。〉母とかんなの関係には「非対称性の暴力」が成立している。母親で教育者としての仕事を持つ母上をかんなは尊敬していて、かんなのせいで母上は笑顔になれないと思うと、〈おまえはダメだ。見てるとむしゃくしゃすると、母上は心の底から言う。だからかんなは、鯨川かんなが大っ嫌いだ。〉
 苦労して育ち勉強して正しき道を歩んだ廉直で篤実な母親の正義に、子どもは疲弊し心傷ついていく。親子に限らず人間のどんな関係にあっても存在の暴力は、よほど自覚的でなければ発動されてしまう。
 そんなことに気づいている作者だから、リアリズム小説ではあり得ないかも知れない話を面白おかしく書いていても、なおこの小説は社会派と呼べる。 
 栗林のアイロニーの効いた筆端が(パソコン入力だろうけど)、自分第一の新自由主義を一刀両断にしていることにも気づけなければならない。
 天狗にさらわれたり、人が宙に浮いたり、鼻白むべき研究発表は、ただのいかれた笑い話では終わらない。プラグマチックな世間では危険思想だ。公安が共謀罪掲げて乱入してこようとは、もはやディストピア小説の趣もある訳だ。しかしそこは純文学的リアリズム小説の枠などとっくに越えている作者だ。どっこい「隠れ蓑」で文字通り身を隠してしまうとは読者も仰天する。

2019年12月27日 (金)

キム・ヘジン『中央駅』

心はどこにあるのか
キム・ヘジン『中央駅』生田美保訳 彩流社

Photo_20191227095801 この小説の主人公はクズだ。キャリケースを引いて駅舎を回り広場を横切り、工事中の中央駅に寝床を探しに現れた若者だ。
〈誰かが夜の端をつかんで無限に引っ張っている。〉男は浅い眠りに落ちては覚めてを繰り返す。流されるままに流され船が転覆すると溺れてもがく。救いの手は何度も差し伸べられるが、自尊心と自暴自棄が綯い交ぜな心は、手を振り切って更にもがく。
 唯一の所有物であったキャリケースを盗まれると、盗んだ女を捜し続け打擲し犯し今度は女に執着する。男は、手の施しようがないほど肝臓を病んだアル中の女を愛するが、所詮無くしたキャリケースの代わりでしかないことに気づいていない。
 男は暴力で虚勢をはって自分以外のホームレスとは違う自己を保とうとする。自分より弱い者を殴る。嘘をつき、盗み、奪うことに慣れてしまっている。信頼されて病院へ連れて行くように頼まれた少女をモーテルに連れこんで犯して追い出し、手術費用を奪う。病気の女を手元に置いておきたいために入院させないあらゆる卑怯な努力をする。
 金のために貧しい人たちが住む家々を破壊し、殴り蹴り上げ自殺へと追い込む。目前の享楽や目的のためにファナティックに行動するが、それで得たものさえひと晩で失う。
 駅を中心に都市がどんどん新しく改造されていく。病に侵された都市の肺腑にメスをいれ引っかきまわして新しいものを作っていく。古くて汚いものは暴力によって排除されていく。
「世の中に関係のないことなんてない。どんなことであれ、俺たちは少しずつ責任があるんだ。そう考えないとなにもできない」と語るチーム長の言葉に真実があるとしたら、男が女にしがみついているのも意味の無いことだは言い切れない。それを愛と呼べるかどうかはともかくとして心なくして足掻くことはない。
 ホームレスを追い出し駅の広場は瀟洒に産まれ変わった。男は上手くいかない状況を女のせいにして衰弱した女を責めようとして、また自己嫌悪に陥る。住民登録証さえ酒と暴力と引き換えに失ってしまう男の存在の意味は無政府状態であるはずなのに、男はとことん束縛されている。
 生きることより死なずにしぶとく息をつないでいる自分自身を目の当たりにすることが苦痛だ、と自身を慰めるが、男には社会に抗う思想はもちろん、自ら死を選ぶ発想すらなく、再開発に伴う貧困地帯破壊の隊列に並んで前進する。思い出も記憶も信じない男の末路だ。過去も未来も捨てた男は命令されるままに人びとの生活の破壊者として振る舞うことになる。
〈しかし今、俺は駅舎の光ではなく、それをがっちりと抱え込む巨大な闇のほうを見る。もうその深さと広さを疑いはしない。〉
 もし読者が、ヘルメットのシールドを下げ、白み始めた空を見上げる男の姿に微かにでも光を見出そうと努力するならば、裏切られるに違いない。この小説が描いたのはあくまでも深い闇なのだ。無為な人間にとって、生きることは捨てても捨てても捨てきれない時間、ずっと夜なのにまだ夜である時間だ。そこに心はあっても愛はない。人生を廃棄した人間が愛を持つことができるだろうか。絶望のなかに愛は存在できるか。孔枝泳『私たちの幸せな時間』のユンスも底辺でもがく若者だったが、ユンスには燃えるような憤怒があった。怒りは裏返せば愛になる。たとえ死刑囚でも救われるのだ。『中央駅』の「俺」は救いようがない。
 キム・ヘジンは夏目漱石や中野重治がインテリの心を描いたのと違い、格差社会のホームレス最底辺の貧困青年の救いようのない心を描いて読者の前に突きつけた。
 作者キム・ヘジンは〈すべての物語が内と外の境界で生まれ、それがある個人的な闘争の過程であるならば、〉と仮定した。男はその境界を危なっかしく歩いている、と。
 作者については「訳者あとがき」に詳しい。『中央駅』より後に上梓された『娘について』のほうが先行翻訳出版されている。

2019年12月 8日 (日)

ウン・ヒギョン『鳥のおくりもの』

生には他意がある
ウン・ヒギョン『鳥のおくりもの』橋下智保訳 段々社

Photo_20191208194501  12歳のジニが生きる世界は1969年韓国の地方都市だ。母を失い、父は行方が分からない。祖母に引き取られ、祖母の息子で大学生のヨンフン兄さん、娘のヨンオク姉さんと暮らしている。祖母は畑仕事をし部屋を貸して家賃を稼いでいる。庭の井戸を中心とした田舎の家の構造は韓国ドラマを見ていればお馴染みだ。
 ジニは克己訓練で自己を統制し、自分を「見せる私」と「見る私」に分け、「見せる私」を生へと導き「見る私」がそれを見ている。「見せる私」は他人が望む私として行動し、本当の私がそれを見ている。他人に強要されたり侮辱されたりする私は「見せる私」なので本当の私はあまり傷つかない。
 ジニは12歳で人生を悟り、生きることに真の意味などない、しょせん人間なんて自分しか愛さない生きものだと確信している。だからそれ以上成長する意味を失ってしまった。
 しかし同居するヨンオク姉さんは、恋したり、恋に破れたり、二重まぶたの手術をしたり、親友に裏切られたり、新しく恋をしたり、友を永遠に失ったりと様々な経験をし痛い目に合って成長する。そういうヨンオク姉さんを12歳のジニが見ていると、30過ぎのジニが回想している。
 ジニはヨンフン兄さんの屋根裏の本を読みあさり性的知識を豊富にした。ヨンオク姉さんが行く美容院に置かれた雑誌の「大人だけが見る頁」も夢中で読んだ。こうしてジニは性を侮るようになった。
 ジニはヨンフン兄さんの親友ホソクに恋をするがその気持ちを外に出すことはない。恥ずかしいからではなくジニは人生に対して常に冷笑的でありありたいと考えているからだ。
 『鳥のおくりもの』にはジニの家族をはじめ多くに市井の人びとが登場する。将軍という渾名のジニの同級生。そのお母さんは朴正熙の信奉者で、人間は世の中の流れに沿って生きていかなければならないというふうに生きている。光進(クァンジン)テラーのおじさんは政治家気取りだ。バイクを乗り回し一日中遊んでいる女好きで、家に帰ると妻に暴力を振るう。おばさんは辛抱強く夫の横暴に耐えている。美しく生まれた為に不幸を背負ったヘジャ姉さんと、美少年の弟ヒョンソク兄さん。ヒョンソク兄さんは不登校だ。潰れた精米屋の娘でテドン病院に住みこんで働いていたが、院長にセクハラされて理不尽にも追い出されたヨンスク姉さん。店の金を盗んで出奔したニュースタイル洋装店のミス・リー。行商人だがエホバの証人の信者のエバおばさん。ヨンオク姉さんから「キタナイ先生」と陰口されるチェ先生。そしてヨンオク姉さんを追い回す町のチンピラ、ホン・ギウンなどなど、個性的だがどこにでもいそうな人びとがジニの目から映し出される。
 これらの人びとが総じて俗物であるのに比してジニは知的で沈着だ。例えば人の評価について、〈ふと、パンパンだと大人たちに噂されているヨンスク姉さんのことが頭に浮かんだ。でも私は、ヘジャ姉さんやヨンスク姉さんが穢れた存在だとは思わない。二人が傷を負った清らかな霊魂だと思うのに変わりない。〉と考える。しかし読者はジニの知性に歪みを感じるに違いない。他の登場人物たちが俗物ながらも愛すべき人間として描かれているからだ。最後近く、ヨンオク姉さんやジニたちをトラックに乗せるホン・ギウンを見れば、作者の愛情は明らかだ。
 作者は、庶民の群像を皮肉に描きながら、その実大らかな愛で作品全体を覆っている。「訳者あとがき」によると「世態小説」と評され、朴泰遠『川辺の風景』、梁貴子『ウォンミドンの人びと』と並び称される。多分チョン・セラン『フィフティ・ピープル』なども該当するのだろう。
 ジニは1969年も90年代も何も変わらないと言っている。「生には他意がある」と言うジニの真実は時代を越えるのだろうか。作者ウン・ヒギョンは1959年生まれ。まさにジニと同世代だ。
 チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』のキム・ジヨンは1982年生まれで、作者のチョ・ナムジュは1978年生まれだ。歴史は人間の意志によって変化している。 

2019年11月22日 (金)

資本主義の終わりか? 未来への大分岐

斎藤幸平編 マルクス・ガブリエル、マイケル・ハート、ポール・メイソン
『資本主義の終わりか? 未来への大分岐』集英社新書

 腐敗した資本主義末期に、私たちの未来を開く議論を読むべし
Photo_20191122112301   内閣総理大臣が主催する公的行事である「桜を見る会」に、安倍晋三首相自身や政権与党の後援者を招待している実態が明るみになった。税金で有権者を接待し「私物化」していたのだ。勿論違法である。安倍晋三は加計学園などの自身の親しい「友人」企業を明確に優遇して問題になっても反省することがない。自らの犯罪を隠蔽するために統計データや公文書を改竄したり廃棄してもどこ吹く風だ。
 安倍晋三の幇間記者で『総理』(幻冬舎)の著者である山口敬之の準強姦容疑の逮捕状が、当時の中村格警視庁刑事部長(現官房長)によって葬られた事件もあった。最近は、中村官房長が刑事部長時代、ゲームセンターでの子どもの喧嘩に捜査一課を動かして加害者を逮捕した過去が週刊誌に掲載された。被害者とされるのは、安倍首相の政策秘書を務めた人物の子息だった。安倍晋三を頂点としてその家族まで含むヒエラルキーが成立していて、公権力を自由自在に動かす構図だ。まるで「水戸黄門」に登場する悪代官だ。
 安倍内閣は「アベノミクス」とネーミングした経済政策を推進するが、人民の生活は益々貧困に向かい、利益は1%の高所得層に巻き上げられている。大量の国債を発行し借金を増やしながら実態では非正規労働者を増やして低賃金労働を強いるゾンビ経済がアベノミクスの本質だ。これは資本主義の末期的症状だ。アベノミクスゾンビ経済が破綻してもかつての成長経済は蘇らない。また資本主義が壊し続ける地球の自然は、巨大台風や異常気象、極度の温暖化によって人間に襲いかかってきている。
 では我々はどうしたら良いのか? という議論がこの小さな1冊に凝縮されている。
 編者で聞き手は1987年生まれの若い経済思想研究者斎藤幸平で、気鋭の思想家三人の意見を引き出す体だが、斎藤のとの対談の趣だ。
 マイケル・ハートはアントニオ・ネグリとの共著『帝国』で有名。
 マルクス・ガブリエルはNHKドキュメント「欲望の資本主義」でGAFAの支配する資本主義世界に警鐘を鳴らした。
 ポール・メイソンは情報テクノロジーによって崩壊する資本主義の次を予言する経済評論家だ。
 共通するのは、現代社会の危機を乗り越える道は脱資本主義、ポストキャピタリズム社会にしかないと考えている点だ。
 マイケル・ハートはコモンcommonの自主管理を基盤とした民主的な社会を模索する。コモンとは民主的に共有されて管理される社会的な富、電力、水資源、土地、資源など、あるいは情報も入る。
 従来均質なものとして理解されてきた労働者階級も、人種・階級・セクシュアリティ・ジェンダー・ネイションなどバラバラな勢力によって構成されている。社会変革の主体も多様性や差異に焦点を当てた主体性の概念マルチチュードによって捉え直さなければならない。ポストキャピタリズム社会は、マルチチュードによって構成される。
 ハートは、社会の中で生み出された知識や情報が固定資本として機械のなかに統合され、集約・固定された知の新しいメカニズムであるアルゴリズムも、GAFAの独占からコモンに奪い返すと言う。アルゴリズムの管理権を要求するということだ。
 新実在論を掲げるマルクス・ガブリエルは、現在跋扈する「ポスト真実」的言説は客観的事実を軽視する相対主義によっていて、これは「自明の事実」を否定する危険な考えだと指摘する。相対主義によって経済危機、気候変動、難民問題や強制徴用工、戦時「慰安婦」、南京虐殺、関東大震災時の朝鮮人等の虐殺が否定されたり過小評価される。
 我々は人権に中心をおいた社会を目指さなければならない。なぜなら人権とは人間が人間としての生を営むための必要条件であり、奪うことのできない絶対的なものだからだ。近代民主主義の理念は、人間の自由と平等という考えに依拠している。これは人類が歴史を経て獲得した否定できない真理なのだ。普遍的な価値であり、それは文化的・時代的価値観によって左右されるものであってはならない。
 マルクス・ガブリエルが、倫理的な価値・政治的な価値の唯一の源泉は人間という生の形式だと言うとき、私は文学の価値を考える。文学は人間を考える作業だからだ。それに対して文学を否定・過小評価する政策を取る政権は、敵を非人間化して攻撃的態度をとる。ネトウヨの言説にもこの傾向は度々見られる。天皇を持ち上げて日本(実は日本の政権)を過大に尊重してアジア諸国とりわけ朝鮮・韓国を蔑視する態度は同じ意味を持つ。差別と人権は対立する。
 ポール・メイソンは、情報テクノロジーがポストキャピタリズムへの道を開くと考えている。ただしそこには市場の独占やプラットフォーム資本主義、情報の非対称性などポストキャピタリズムを阻む要因がある。
 またAIの暴走にも注意が必須だ。AIが人間の知性を超えるシンギュラリティの時代を迎えるにあたってAIを規制するルールが必要になってくる。AIは倫理を持っていないからだ。答えは技術ではなく、ヒューマニズムのなかにある。人間性に重きを置いた生活にこそ未来がある。
 私たちは、合理的思考、個人主義、知識の民主化を実現してきた歴史を逆戻りさせてはならない。
 斎藤幸平は「エコロジカル社会主義」ecosociaismを唱える。納得のいく議論だ。そのためにも政治主義に陥らず、社会運動を基盤にした闘いが未来を開くだろう。
 私たちは「大洪水よ、わが亡き後に来たれ」という態度でじっと耐えていてはならない。

※國分功一郎/山崎亮『僕らの社会主義』 も面白いので参考まで。 

2019年10月 2日 (水)

牧原憲夫『客分と国民のあいだ 近代民衆の政治意識』

名著再読 明治初期を見て現代を考える
牧原憲夫『客分と国民のあいだ 近代民衆の政治意識』(吉川弘文館 1998年)

Photo_20191002200701 歴史研究者牧原憲夫の代表的著作『客分と国民のあいだ』を再読して、明治政権のもたらした事態と現代の状況の類似を感じた。
 牧原は冒頭で1884年について書いている。
〈一八八四年(明治一七)といえば松方正義蔵相による強力なデフレ・増税政策によって不景気が深刻化した時期だった。〉
 米価高騰を受け豪農は大儲けしたが、庶民にまでバブル経済の恩恵は届かなかった。
 何だか今と似ている。今はデフレから脱却できないまま増税政策を強行している訳だが、アベノミクスで「好景気」と言うのは役人と大企業、一部の経営者、ハングレ集団だけで庶民の貧困化は増幅している。そして「嫌韓」的アピールの連呼だ。この点も明治と似通っている。
 1884年の12月、朝鮮で甲申事変が起きた。金玉均らのクーデタが失敗し、彼らを助けた日本公使は日本へ逃げ帰った。その際に日本人小商人にたいする反発が噴出、中国兵の加担もあり。軍人11人居留民29人が殺害された。この事件が誇張されて日本で報道され報復の声が高まった。こうした興奮のなかで「わが日本」という意識、中国・朝鮮に対する敵視・蔑視が醸成された面も否定できないだろう。〈殺されたのはわれわれ日本人だという被害者意識に触発された一体感〉が醸し出されたのだ。今日、虚構の「在日」特権論が跋扈し、韓国人が「嘘」の慰安婦問題などをでっちあげて日本人を罵倒しているという妄想ストーリーが跳梁しているのと同じだ。
 牧原は、「仁政」が武士階級の内部で、治者としての自覚を喚起する論理であり、仁政は武士のみが統治者となりえた身分制国家にあって、客分たる民衆に対して領主・家臣が当然に負うべき政治的責務であった、と言う。政治的強者とともに経済的強者もまた「私欲」を自制すべきなのだったが、明治維新がもたらした「自由放任」は、治者が富者とともに“仁政からの責務”から解放され「傲然自恣」になれること、つまり“仁政からの解放”によって自由に儲けることを意味した。現在の新自由主義と比肩できよう。あるいは鄧小平の白猫黒猫理論にも近いか。
 明治政府は仁政拒否を公言した権力だった。安倍政権は民主平等安全維持のための規制拒否を公言した権力だ。岩盤規制を破壊してやりたい放題の自由を与えられた加計学園の経営者等のアベ友企業こそ、近世社会の「徳義」を拘束と感じ、それから脱却して大儲けを望んでいた富裕な商人・農民、成り上がりたちの末裔だ。
 牧原は、民衆が客分から脱却して自発的に国民になっていく回路として祝祭化=お祭り騒ぎがあると言い、東京奠都三〇年記念祝賀式典や日清日露戦争時の祝勝会や提灯行列等などを例として上げている。祝祭的雰囲気のなかでの「日本の連戦連勝」は近代社会の弱者・敗者でしかない民衆にも“強者の一員としての我ら”という自尊心を持たせた。
〈学歴社会や都市化の進行によって社会的価値序列の下位ないし周縁におかれた(と意識した)者のなかからは、自らの劣位に国家的価値を付与し、自らを国家と直結させる回路が拓かれた。〉
 これまるっきり現代の(安倍政権下の)日本と同じではないか。現代の祝祭は天皇の代替わりでありオリンピックも祝祭化されようとしている。安倍政権は憲法改正を掲げているが、明治政府による民衆の国民化過程に重要だったのが、1889年(明治22)の大日本帝国憲法発布という祝祭だった。
 現在はどうだろう? 国会議員選挙でも50%を割る低い投票率は、政治をやるのは誰でも構わないという客分意識の現れではないか。
 こういう時期は危険だ。オリンピックで日本のチームや選手が勝てば、私たちは知らず知らずのうちに日の丸を見上げ、君が代を外れた音程で口ずさみ、御真影ならぬテレビ画面で天皇一族を拝み、「万歳」三唱するのではないか。
 オリンピックを含む祝祭イベントは、日の丸掲揚を見上げながら「君が代」を歌い「万歳」をとなえるなかで、人びとは「日本国民のひとり」であることを実感させられることになる。
 一体感をもたらす熱狂的祝祭空間を私たちは待ち望んでいないだろうか。
 すでに優遇される上層国民と、搾取される下層国民とに分割されつつある日本人は、統治者に期待することを止め、期待される国民として自己を意識し始めている。その見返りはポイントではなく、日本国民としての名誉だ。そのためには明治政府以来のアジア諸国の人民に対する蛮行の事実はあってはならない。歴史修正主義の価値はここにある。
 大日本帝国憲法の発布は、立憲君主制と国民統合の新たな回路を創出した。1984年から5年後だ。安倍政権が目指す日本国憲法の改正は、戦後民主主義という「仁政・徳義」の動きを排し、冷徹な「法による支配」という名目で、事実上「法」を支配し人民を利益を生み出すためだけに統治しようという企てだ。だが、50%の客分の半分でも管理支配される自己の立ち位置を理解するならば、状況は大きく変化するだろう。希望は無い訳ではない。
Photo_20191002200801 牧原憲夫さんが本書を出版されたのは1998年だ。牧原さんは歴史学者なので素材は過去の事実だが、慧眼は余りにも先を見通していた。牧原さんが亡くなって三年、単著未収録の歴史論文を精選して集録した『牧原憲夫著作選集』上下巻(有志舎)が今年9月末発行された。
 尚、当ブログでは、牧原憲夫『山代巴 模索の軌跡』而立書房 に関しても書いている。

2019年9月25日 (水)

ペク・スリン『惨憺たる光』

痛みと希望は同時に存在する
ペク・スリン『惨憺たる光』カン・バンファ訳 書肆侃侃房

Photo_20190925144801 「私たちは絶滅の始まりにあるというのに、あなたが話すのはお金や永続的な経済成長のことばかり」
スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさん(16歳)は、9月23日国連本部で開催された「気候行動サミット」で怒りの声を上げた。彼女の言う通り、大人たちは地球そのものを壊し、人間を含む生命の豊かな生存を脅かしている。責任を追及されたのは私たちだ。
 金儲けと支配欲に支配され、永遠の経済発展の夢を前提に地球を蝕み、自然を破壊し、人間を分別してきた人間を賞賛し支配を委ねたのは私たちなのだ。
 ペク・スリンの短篇集『惨憺たる光』の最初の作品「ストロベリー・フィールド」の冒頭は、かつては奴隷貿易と海洋貿易で栄えた港町リヴァプールの衰退した風景にはじまる。しかしビートルズはここから生まれた。経済成長という欲望と芸術は背中合わせに時間を過ごした。
 経済的安定はときに犠牲を生むがそれが悲劇かどうかは分からない。「時差」に登場するジョンフンは、おばが22歳のときに「過ちを犯」して出来た子だ。ジョンフンはオランダからやって来たが、彼の願いは叶わない。〈彼が世界中を巡りながら、いくつもの国境を越えながら、夜空の星のように無数の都市を横断しながら、写真の中に留めたかった刹那とは何だったのだろうか。〉
 「夏の正午」で、パリに留学中の兄の家で過ごした19歳の私の夏は、何から何までタカヒロの思い出に集約された。タカヒロの父は1960年代には安保闘争に参加したが、今はジャズに心酔していると言う。おかしな宗教にはまったことのある兄は、投資に失敗して参っている。タカヒロはサリン事件を経て日本に未来はないと言う。日本人にとって、あのときが一番という時期は日露戦争のころらしい。私は日露戦争がきっかけで韓国が主権を失ったことを意識している。しかし一方で私はタカヒロと同様に太宰治が好きだ。
 帰国の翌年、ニューヨークの高層ビルに飛行機が突き刺さった、ニュースを見てタカヒロを思い出した。個人の生は社会の歴史を反映し、個人の生こそ社会そのものなのかも知れない。
 「初恋」の私はロシア文学の大学院生で、大学は大手企業が学校を買収され人文社会系列の学科が統廃合されそうだ。
 私はデパートの一時アルバイトに行った。そこで大学時代の友人二人と再会し一緒にアクリル板を磨く作業を一日中続けた。
 ロシア文学を専攻したのはJ先輩に憧れたためだった。大学にとって大事なのは就職率と効率性だった。それが社会が要求するものだからだ。ロシア文学は弾き飛ばされる。仕事をしながらのお喋りにJ先輩の厳しい近況も耳に入る。
 「中国人の祖母」で描かれた祖父の後妻は中国人で、私は祖母との親しい関係から義祖母には複雑な感情を抱いていた。その祖母が死んだ。
 義祖母は1930年代に朝鮮半島の南方で生まれた。二度韓国人の男と結婚し韓国籍の息子をひとり授かったが、生涯を華僑として生きた。義祖母の父が朝鮮半島に移住したのは1927年、日韓併合後、植民地の開発という名の下に中国人の移住が増加していた。日本人が、朝鮮人労働者より安く使える中国人労働者を好んだからだ。こういった事実を読者であるわたしは知らない。
〈地球に足を着いている限り、決してその裏側を見ることはできないという月は、完璧な円を描いて闇の中にぽっかりと浮かんでいた。〉
 私は、もっと大きく美しい月を見たことがある。それは、義祖母と見た月だった。1992年に中華民国の国旗が降り、義祖母の周囲の人びとは中国、台湾、アメリカへと去って行った。それでも義祖母は韓国に残り、祖父と結婚した。
「大陸の人の子に生まれ、台湾人になって七十年以上ここで生きてきたんだ、ここで寂しけりゃどこへ行っても同じだろうさ」
 そう言って義祖母は中国語の歌を歌った。
 歴史を背負った個人の生は輝いて見えても、裏側に闇が実存することを私たちは見ないでいるかも知れない。
 「惨憺たる光」に登場する高名なドキュメント映画監督アデル・モナハンも闇を抱えて生きている。
 「氾濫のとき」の主人公ジェの生活も、韓国から来た青年旅行者が如何に憧憬の念を寄せようと、荒んでいる。芸術で経済的にのし上がったジェの生活は今や破綻している。そして彼の生も現代史の動きから遊離しているようだが、確実に現代史の一片を構成している。
〈短期間で大金を稼いだ中国人の観光客がゴンドラの上で雨に降られながら、瞬間を留めようと写真撮影をしている。西部訛りのアメリカ人高校生が、汚い水をかきわけながら中国人のカメラに向かって手を振った。〉
 ペク・スリンは、こうした時の流れを情景として浮かび上がらせる表現に長けている。
 「北西の港」で父の初恋の女性を尋ねてハンブルクに来た僕が会ったのは、父のかつての恋人ではない女性の娘だった。女性レナの母もドイツ派遣看護師だった。1960年~70年代にかけて失業問題解消のためドイツに派遣された女性看護師たちがいた。こういう事実も読者わたしは知らない。
 レナは幼い時一度だけ韓国に行き、カンカン照りの中で母を待っていて、老人が犬を蹴り続けるのを見た。路地からはゴミの臭いがした。悲しくなったレナは店から出てきた母に、韓国が嫌いと訴えた。そのとき母は、「あなたは、ドイツでのママがどんな思いでいるか考えたことある?」と文法も発音も滅茶苦茶なドイツ語で語りかけた。
 その話を聞いた僕は、その背景に父親を追いかける少年だった自分を見出していた。
〈どこかでけたたましい汽笛が響いた。量感と質感を備えた物体のように煙が立ち昇った。いや、玲瓏と光る巨大な泡のように。互いに異なる色のうろこを持つ魚のように水面が飛び跳ねた。〉
 ペク・スリンの、歴史に翻弄され苦しみ藻掻きたとえ病身をベッドに横たえようと、決して意味を持たないことなどない人生を、風景に描写する手腕は見事だ。
「途上の友たち」では、私は、大学の文学サークルの仲間ミナとソンと三人で海南の「最果ての村」に旅行したことがある。今は結婚して子どももいるミナと二人で旅行している。
 私とミナは些細なことでぶつかりながら旅を続ける。私にはミナが現実主義で幸せを?んだように見える。しかしミナは何年か前にソンが書いた小説に出てくるカボ・ダ・ロカに行って酷い目に合ったと知る。〈陽射しのために、かすかにのぞくミナの横顔が、半透明に見える光の輪に覆われた。〉
 違った生を生き、これからも繋がらないかも知れない仲だったとしても、共有する何かを持った事実は消えない。
「国境の夜」は象徴的な小説だ。
 ママの子宮で14年間過ごしている私。ママが私を身籠もったのは1981年の春だった。独裁政権が確立し、世界でも新自由主義の流れの中で不平等が進んでいた。私は外に出るのが怖くてお腹の中で蹲ったままでいた。
 パパと、私を身籠もったままのママは初めての海外旅行でドイツに行った。ベルリンの壁が崩壊して6年後の1995年だった。ソウル市内のデパートが崩壊し、民族抹殺政策を掲げた帝国主義者によって建てられた総督府の建物が爆破された年だった。
 私はチェコに入った国境の町で外に出たい気持ちになった。
 これは希望の小説だ。私が生まれた後も世界には危機が後を絶たないが、私は生まれる。〈それまで「ことば」を持たなかった私は、いつか自分にことばが生まれたら、迫り来る夜を埋め尽くす音と香りについて誰かに伝えられたらと思った。〉
 これは価値観の問題だ。分断と憎悪で支配される世界に文学は抗う。暗黒に蹲っている私たちは、惨憺たる光の中に出て行かなければならない。そこに苦しみや痛みが待っているとしても、だ。

2019年9月14日 (土)

李箕永『故郷』

ダメダメな青年農村改革指導者と自覚していく女性たち
李箕永『故郷』(大村益夫訳 平凡社朝鮮近代文学選集)

Photo_20190914102701  李箕永(イギヨン)の長編『故郷』は日本留学から帰ってきた金喜俊(キムヒジュン)を中心に、農村に暮らす人々の貧しい暮らしや若者達の恋と葛藤を描いた長編小説だ。
 金喜俊は一旗揚げて帰ってくると期待されていたが、まったく颯爽とせず、家の貧しさに向上は見られない。そればかりかなまじ知識を得たせいか村の改革にばかり東奔西走して、人のために金を使ってしまう、と家族には思われている。
 村は小作地管理人である安勝学(アンスンハク)に牛耳られていて小作農たちはいつも食うや食わずの生活に喘いでいる。安勝学の娘甲淑(カプスク)は父親に反発して家出し、名を偽って紡績工場に勤めてしまう。甲淑は喜俊の助けをかりてストライキを組織して闘うまでに成長する。農家の娘で甲淑より先に工場勤務する金仁順(キムインスン)も魅力ある登場人物だ。常に男に従属してきた女から、女であっても自分の労働の対価として給与を得る労働者としての自覚を持った仁順や甲淑は、自立に向かって一歩踏み出した新しい女性像だ。
 小説は農村の改革運動と工場の解雇反対ストライキが並行して進行し、どちらにも喜俊が指導者として活躍する。
 ところが小説の主要部分はこのような労農闘争というよりは、喜俊をはじめとする若者たちの恋愛騒動や、女性関係の多い安勝学家のいざこざ、高利貸しの息子である権敬浩の出生の秘密などに多く割かれている。喜俊にしても、早婚の悲劇はあるとは言え、子どもがいるのに甲淑に思いを寄せたり、他の若い女性にも性的に魅かれたりする。甲淑も妻子持ちの喜俊に思いを寄せているが、甲淑も敬浩と婚約する仲だ。喜俊は甲淑への抑えきれぬ好意を同志的愛情に転化させようと努力する。
 金喜俊は当時朝鮮で一般的だった早婚制度によって少年期に結婚し、家には年上の妻がいた。しかし喜俊は妻を憎んでいて家にいるよりは、農村社会の改革や青年運動に血道を上げる方を選ぶ。だから村では人望を集めるが家では横暴だ。
 喜俊は〈良い妻を娶った人を見ればうらやましく、道端で美しい人さえ見れば、わけもなくときめいた。〉自分は早婚制度の犠牲になって結婚させられたと妻を恨んでいて、「くそ。この無知蒙昧な奴め。おまえなんか人間じゃない」となじって殴り付けさえする。男女関係に沿って読むと、喜俊はけっこう古く横暴で、甲淑や仁順は新しい女性として目覚めつつある。
 こうした喜俊の姿は小林多喜二の『党生活者』を想起させる。喜俊を『党生活者』の私(佐々木)に比すと、甲淑は私の信頼する同志伊藤であり、喜俊の妻は私の生活を支える事実上の妻笠原に該当する。私は、伊藤は個人の生活を犠牲にしてまで軍国主義政治と果敢に闘って立派だが、笠原は個人の生活しか見えないと不満に思っている。でも実際には笠原の給料を当てにして活動している。
 『故郷』には労農階級解放のヒーローではない主人公が描かれたのだが、それにしても「日韓併合」後の朝鮮が舞台なのに、日本に対する否定的現実は描かれなかった。この小説が新聞に連載されたのは(解説によると)1933年11月から34年9月までで、朝鮮プロレタリア文学が弾圧され李箕永自身も逮捕を経験した後で、既に自由に書ける時期では無かったことにも原因する。李箕永は朝鮮のプロレタリア作家として有名で、『故郷』は代表作とされるのだが、プロレタリア文学のイメージからは遠い。近代化過程の農村を舞台にした青春小説という趣だ。しかし男性ヒーローをダメダメに、目覚めた女性たちを時に冷徹に描いた点は、極めて現代的だ。1930年代の作家畏るべし。
 李箕永については大村益夫による「解説」に詳しいが、以下ほんの一部紹介する。李箕永は1895年生まれ、13歳で結婚させられた。1922年東京に留学する。『故郷』の主人公金喜俊と似ている。1923年9月の関東大震災時の朝鮮人虐殺に危険を感じて帰国、翌年から作家を目指す。1925年には金基鎮・韓雪野・趙明熙らと朝鮮プロレタリア芸術同盟(KAPF)結成に参加する。しかし弾圧は激化し、李箕永も1933年8月第一次カップ事件で逮捕され釈放されるも、1934年8月第二次カップ事件で再び逮捕され翌35年12月まで刑務所暮らしを経験する。『故郷』はこの一回目の逮捕釈放から二回目の逮捕までの間に書かれた。1945年8月の解放後、李箕永は北側の文学者として指導的地位を得て1984年89歳で死亡する。解放後の作品に『蘇る大地』(日本語版 1951年 ナウカ社)などがある。

参考
※朝鮮新報「〈本の紹介〉「故郷」 李箕永作、大村益夫訳/朝鮮プロレタリア文学の代表作」

2019年7月24日 (水)

廉想涉『驟雨』

朝鮮近代小説の先駆者が描いた韓国文学の嚆矢
廉想涉『驟雨』白川豊訳 書肆侃侃房
Photo_20190724135001  廉想涉(ヨンサンソップ)は1897年生まれ植民地時代からの作家だが、李光洙(イグァンス)らとは異なり日本語では書かなかった。
 『驟雨』は解放後に新聞に連載されたので後期の作品と言える。朝鮮戦争勃発後のソウルを舞台にしている。翻訳した白川豊が解説で指摘しているが、張赫宙(チャンヒョックジュ)の『嗚呼朝鮮』(新潮社)と同じ1952年に書かれている点は面白い。因みに尹紫遠(ユンジャウォン)『38度線』(早川書房)は1950年発行だ。朝鮮の動乱で逃げ惑う人びとの姿を描いた張赫宙や尹紫遠は民族の痛苦の文学化という点で成功したのかも知れない。それらに比して廉想涉の『驟雨』はどこか切迫感が薄い。
 『驟雨』は朝鮮戦争という歴史的な大事件を背景にした恋愛小説なのだ。姜スンジェは30過ぎの美人で貿易会社社長秘書兼愛人だった。朝鮮人民軍(作品中では「傀儡軍」となっている)の南下を恐れ、強欲な金学洙(キムハックス)社長は財産をトランクに詰めてスンジェらを連れて逃げようとするが、漢江を渡る橋を破壊されて右往左往したあげく、調査課長の申永植(シンヨンシク)の実家に隠れる。人民軍の進駐で混乱するなか、スンジェは年下の永植に惹かれていき情念を燃やす。
 スンジェには元は中学教師をしていて越北した夫がいた。人民軍のソウル駐留とともに戻って来た夫から逃れてスンジェも永植の家に寄食して永植や家族の面倒をみることになる。スンジェは社長と別れ永植の妻の座を狙っている。永植もスンジェの色香に溺れかかるが人民軍に徴兵されてしまう。
 人民軍が敗走すると釜山に逃げていた永植の恋人で若い明信(ミョンシン)が戻ってくる。永植もぼろぼろの姿になりながらも何とか無事帰ってくる。明信は永植とスンジェの関係を怪しむが、永植は優柔不断でハッキリしない。流れに身を任せている風で何ともだらしない。とは言え、内戦の混乱時だ。泰然としていると言えなくもない。金社長は逃げ隠れながらも相変わらずの利己主義で、心は金と色欲に満ちている。見つけられて連行され生死不明の行方不明になるが、それ程同情されない。
 男が意気地ないの比して女性の意志は明瞭だ。スンジェは蠱惑的な魅力を持ちながら媚びず自分を生かす方途を知っている。強い女性で、永植や永植の母や妹のみならず、自分の実家の継母や妹・弟の生活の手立てもしている。
 後半登場する明信は凜として自尊心が強く弱音を見せない女性だ。永植に対する批評も厳しい。

 神経が弱くなり、踏ん張る意志の力も失せたからだろうが、戦争が人間性を失わせてしまったのか、愛欲にだらしなくなって成り行きまかせになったからなのか、あるいは良心の呵責でそうなったのか、ともかく心が痛んだ。

 しかし彼女らの意見は、政治や社会、戦争に対してということではない。動乱の中でも彼らの意志は私生活にしか向かわない。白川の解説によると〈徹底して現実の状況をリアルに描くという彼本来の路線〉で書かれた小説なのだ。この登場人物たちはおおむね中流上層の市民たちで、書かれたのも戦争中の韓国側だ。謂わば特権階級のリアリズムである。現代作家であるイ ヒョンの『あの夏のソウル』が描いたような、民衆的視点は持っていない。それは無理な注文だ。
 むしろ、戦争のさなかに戦争をモチーフにして書き、戦意高揚ではない三角関係、四角関係の恋愛小説に仕立ててしまったところに興味が湧く。
 タイトルが示すように「にわか雨」と言うには、米朝が戦争状態の終結に向かうかもしれない今日から振り返ると、些か朝鮮分断戦争は長すぎる。
 小説は人民軍の再南下に伴いソウルを脱出しようというところで終わるので、この三角関係の行く末は見られない。続編もあるようだが恋愛関係の縺れに結末は付かないらしい。
 廉想涉の小説はこれまで、『万歳前』(2003年 勉誠出版)、『三代』(2012年 平凡社)が翻訳出版されている。いずれも白川豊の翻訳である。廉想涉については翻訳本各解説の他、白川豊『朝鮮近代の知日派作家、苦闘の軌跡 廉想涉、張赫宙とその文学』(2008年 勉誠出版)などが前期作品について紹介している。

2019年6月21日 (金)

原佑介『禁じられた郷愁 小林勝の戦後文学と朝鮮』

原佑介『禁じられた郷愁 小林勝の戦後文学と朝鮮』新幹社
小林勝のポストコロニアル文学を読む意義

 Photo_20190621230001 昨今の「韓国ブーム」は女子中高生をして「韓国人になりたい」とまで発言させている。10代向けの雑誌には「韓国人に近づける」メイクやファッションの記事が毎号のように掲載されているのだそうだ。韓国好き女子のあいだでは「オルチャンファッション」「オルチャンメイク」などの韓国語が若者ことばとして飛び交う。韓国ドラマに始まった韓国ブームは、アイドルグループなどのK-POPから、韓国料理、韓国旅行、韓国映画、今や韓国文学まで人気だ。これに異議申し立てする気は無い。ここには主従関係が無い。平等だ。カッコイイ韓国の文化に日本人が憧れて何が悪い。
 しかしながら、ここに示される日本人の憧れの対象は「韓国」であって、朝鮮民主主義人民共和国はもちろん在日朝鮮人も除外される。若者の「韓国に対する憧憬」には、かつて日本が植民地支配した朝鮮に対する自責の念を見つけることは難しいだろう。それでも韓国蔑視で優越感を得る唾棄すべき差別的な日本人意識から遠い「韓国ブーム」を批判する気はそもそも無い。
 ただかつて「韓国」は日本が植民地支配した朝鮮半島の南半分を支配する行政区域であるということを知って欲しい、とは思う。
 そして、朝鮮から引き揚げて朝鮮に対する苦悩を小説として書き続けた小林勝という作家がいたことが知られるようになったらどんなに喜ばしいだろうか。そんなことを、原佑介の『禁じられた郷愁』は考えさせる。
 第二次世界大戦で日本が負けた相手はアメリカだと、日本の国民的記憶は形成されてきた。しかし歴史はそう単純ではない。1931年からの日中十五年戦争や、南方での日本軍の疲弊を無視することはできない。そして〈旧植民地が脱植民地化の過程でこうむった苦難〉に目をつぶってしまえば、傲慢に改竄された自国美化の歴史意識のもとに、再び特権階級による人民支配がはじまるだろう。
 かつては支配的だった「植民地支配肯定論」は現在も跋扈していて、所謂「従軍慰安婦」(その実は戦時従軍性奴隷)や朝鮮人徴用工の問題をまるで無かったことかのように振る舞う安倍晋三政権とTVコメンテーターの発言に反映されていないだろうか。
 原佑介はこれを〈朝鮮を近代化し、朝鮮人を皇国臣民化することは「朝鮮の興隆にすぐ役に立つ」(たった)のだ、という功利主義に対する不動の信仰のようなものにもとづいている。〉と言う。 「近代化」や「文明化」と聞こえの良いことを言うが、金を恵んでやったのだから、朝鮮の民族性、言語や風習、「魂」は捨てろという民族帝国主義の傲慢だ。ところが経済援助されたのは朝鮮の人民ではなく親日派富裕層であり、韓国の特権的財閥に過ぎなかった。日本が援助した開発独裁が韓国経済を「発展」させたとしても、韓国民衆が有り難がる所以にはならない。まして朝鮮民主主義人民共和国の公民には形式的な補償さえなされていない。
 小林勝の文学、原佑介の言を借りれば〈小林勝のポストコロニアル文学は、まさに日本人と朝鮮人のあいだに深々と横たわる「断絶」を凝視する営みだった〉のである。従って小林勝文学はちょうど在日朝鮮人文学のカウンターパートにあたると言える。なかでも金石範や呉林俊とは共鳴しあったようだ。呉林俊は画家で詩人で峻厳な批評家だった。
 原佑介は、小林勝が肺結核を患った共通性からと思われるが堀辰雄と比較しているが、ほぼ同世代でやはり肺結核で、右肺葉切除、肋骨八本を失った在日朝鮮人作家金泰生に言及されなかったのは寂しい気がする。
 それにしても、今顧みられることの殆ど無い小林勝について、今までに無い長編評論が上梓された意義は大きい。因みに筆者も2002年発行の『韓国・朝鮮と向き合った36人の日本人』(明石書店)で小林勝を担当して寄稿しているが、あたりまえの短文である。
 もともと小林勝の読者は少ない。1975年から76年にかけて全5巻の『小林勝作品集』が白川書院から発行された。編集委員に野間宏、長谷川四郎、菅原克己、中野重治とそうそうたる名を連ねた。この文学史に地位を占める有名作家たちが解説も書いたが、新日本文学会系の作家たちの営業力不足か。商業ベースで話題にならなかったのだろう。殆ど売れなかったらしい。時代に嫌われたのかも知れない。
 原佑介が今さら忘れられた作家を掘り起こし、ここまで詳細に、多角的に掘り下げた意味は何か。小林勝文学を考えることは、日本人が朝鮮(南北の政治的支配の枠を越えて民族としての)とどう向き合ってきたか、向き合っているか、向き合って行くべきかの示唆を受けることだ。
 日本人の朝鮮への愛憎と共に、小林勝は現在も生きている。小林勝を生かすことに日本人の未来はかかっている、と原佑介は思っているに違いない。

2019年6月11日 (火)

黄晳暎『モレ村の子どもたち』

暗闇の中の温もり
黄晳暎『モレ村の子どもたち』キム・セヒョン画 波多野淑子訳 新幹社

Photo_5  黄晳暎が日本に紹介され始めた頃は関心があった。初期の短編集『客地』やベトナム戦争の裏側を描いた長編『武器の影』の日本語訳が出版された。独裁政権下の韓国で労働現場に入って書いた抵抗的労働作家、社会派の戦う作家として、私には写った。朝鮮王朝期の義賊を追った長編大河小説『張吉山(チャンギルサン)』も在日する統一運動家鄭敬謨による意訳が途中まで出版された。その作品は多彩で底辺を生きた男の聞き書き『暗がりの奴ら』も世間を騒がせ、その主人公李東哲本人を作家として世に出した。黄晳暎は作家としてのみならず民主化運動、民衆芸術運動、統一運動家としての顔を持ち、在日朝鮮人作家たちとも盛んに交流した。朝鮮民主主義人民共和国を非公式に訪問し「国家保安法」に問われて逮捕された経験もある。行動する作家としてのイメージが強い。だがそれだけに韓国の民主化とともに黄晳暎の名は私の中から薄らいでいき、2000年の『懐かしの庭』あたりから私の興味はすっかり消えていった。
 しかし久々に読んだ黄晳暎作品、『モレ村の子どもたち』には、さすがと言わざるを得ない。「作家のことば」によると2000年に書かれたと思われるので、皮肉なものだ。
 6~7才の男の子スナミの視点から描かれた連作短編集で、キム・セヒョンによる挿画が作品世界と調和していて情緒的なイメージを更に喚起させる。
 1949年から50年のソウルが舞台だ。朝鮮は日本帝国主義の頸木からは解放されたが、ソ連とアメリカの干渉によって南北が分断支配されることになる。分断は南北それぞれの内側にも存在した。「雑草」でテグミの恋人「カタチンバの兄ちゃん」は工場の仲間達とともに警察と対峙して戦う。人が人を人と思わないのが戦争だ。しかも朝鮮戦争は同族同士で憎悪を極める争いだった。政治思想がなかったとしても恋人と行動を共にした女がどんな目に合ったかは想像に難くない。その上愛する人を失いぼろぼろになって佇む姿に、読者は何を見るだろうか。
 困難な時代を作家はそれでも郷愁を持って描いている。「鎌腕橋」の乞食のチュングニが娶った北からの避難民の妻は、結局は可哀相な最期を遂げる。村の人びとは居なくなったチュングニに申し訳ない気になっただろうと、幼いスナミだった作家は思う。
 「金ボタン」では母親に置き去りにされた青い目の少女が描かれた。深緑野分の『ベルリンは晴れているか』でも主人公の少女アウグステがソ連兵に犯される。戦後の混乱期に性の蹂躙はありふれた日常だったに違いない。
 子どもたちが日頃バカにしていた男が命がけで人を助ける「屋根の上の戦闘」。「幽霊狩り」は朝鮮戦争で犠牲になって打ち捨てられた多くの死の実存を、生と性に結びつけているが、少年の目で描き出しているので嫌味がない。
 老猫を遊ばせる中国人の「チンばあさん」や喪輿の彫刻師「サンボンイおじさん」、「ぼくの恋人」のダンスホールの娘で同級生の美少女ヨンファなど、どの登場人物も魅力的だ。
 「姉と弟」を読んだら、時代は違うが金承鈺の『幻想手帳』を連想した。サーカスは派手だがもの悲しい。この小説集、どの短編もユーモアがあり、ほのぼのとした愛情と温もりを感じさせてくれるが、どこかもの悲しいのだ。
 人は良く「古き良き時代」と言うが、この時代は決して良い時代ではない。それでも懐かしく感じさせる文体に強く惹かれる。
 この小説の主題は作者自身が巻頭に書いている。

  生きることはむなしいようだが、
  瞬間ごとに消えることのない美しさと暖かさが
  暗闇の中で光っている。
  いまもそうではないだろうか。

 政治に翻弄されようとも作家黄晳暎はさすがに文学者だった。

※amazonでも注文できます。

2019年6月 6日 (木)

深緑野分『ベルリンは晴れているか』

ベルリンは晴れているか、日本は曇っているか?
深緑野分『ベルリンは晴れているか』筑摩書房

Photo_4   反ファッショ統一戦線が本当に「人民戦線」の名にふさわしい人民の連帯を示すものであったなら、エルベの誓いはソ連とアメリカの握手ではなく、連合国兵士とドイツ人民との握手でなければならなかった。しかし実際には独ソ不可侵条約の締結によりドイツの人民はスターリンソ連に裏切られた。独ソ戦の開始以後も、ソ連はナチスドイツの支配者のみならずドイツ国民全てを敵と見做して戦った。戦争とはそういうものだし、英米にしても同じ事だ。ドイツ人は総じて連合国の敵と見做されたのだ。
 深緑野分『ベルリンは晴れているか』の主人公で17歳の少女アウグステは共産党員だった父を処刑され、母も失って戦中をひとり生き逃げのびたが、連合国に支配された戦後にも自由は訪れなかった。ドイツ人は新しい支配者に憎悪されている。
 この小説は戦中戦後のベルリンを舞台にしたミステリーだ。音楽家でアウグステを匿ってくれたクリストフの死を巡ってアウグステがベルリンを移動しながら真実を探す物語。クリストフの殺人と思われる死の裏にはもう一つの殺人事件、少年連続殺人事件が存在する。アウグステは戦中はナチスの被害者であり、戦後はソ連兵の性被害者として過酷な生を生きる。そればかりかアウグステは強く加害の意識を持っている。
 ユダヤ人や共産党員ばかりか障害者や性的マイノリティが民族主義国家でどんな目に合ったのか。ナチス政権下ドイツを描いた小説といえば、アンソニー・ドーアの『すべての見えない光』を想起するが、共通するのはドイツ人であっても、またナチスの支持者や党員であっても差別されるということだ。「犯罪者のいない民族共同体」などという幻想社会の実態は階層社会であり、相対的に弱い者が徹底的に苛められる。弱い者が更に弱い者を探して迫害する。ユダヤ人迫害は、その象徴であり差別の頂点にあっただけだ。
 アウグステが助けようとした幼い少女は、労働力としてだけ連れて来られた外国人労働者の娘で目が不自由だった「犯罪者のいない民族共同体」でこのような存在がどうゆう目に合うかは明らかだ。これ現代日本の抱える闇と似ている。労働力不足の日本に安い労働力として輸入された外国人労働者が、契約外の作業を低賃金で強要されている例は後を絶たない。外国人労働者やマイノリティが生きやすい社会は、国家主義社会ではあり得ないが、実のところマジョリティでさえ生きづらいのが全体主義社会なのだ。
 全体主義者は分かり安い言葉で煽動する。分かりやすく国民の胸を打ち興奮させる言葉がいかに犯罪的か。分かりやすい言葉は人間を愚弄する。日本には、軽薄な言葉を吐き出す「大臣」や、忖度ジャーナリスト、御用小説家が蔓延している。
 『ベルリンは晴れているか』の現在は戦後のベルリンだ。アウグステが行動をともにするファイビッシィ・カフカは戦中は俳優で戦後は泥棒だ。彼は戦中の罪を引きずって生きざるを得ない。読者は彼を醜いと思わなければならない。鏡を見るように。われわれは誰しも加害者である、と小説は教える。
 アウグステは幼い時に買って貰った1冊の本、英語版『エーミールと探偵たち』を命懸けで大切にしている。ドイツ語の原書ではなく英語版を学んだことが戦後の彼女を助けたし、ドイツを讃える読み物ではなく文学に親しんだことが最後までアウグステを人間たらしめたのに違いない。
 アウグステを見ていると、イ ヒョン『1945,鉄原』(梁玉順訳 影書房)『あの夏のソウル』(下橋美和訳 影書房)の主人公姜敬愛(カンギョンエ)と重なってくる。ともに戦後南北分裂したドイツと朝鮮に生きた少女たち。その運命は国の辿った運命と同様に異なった。

2019年6月 1日 (土)

黄英治『こわい、こわい』

「帰化」に抗う文学的表現

黄英治『こわい、こわい』(三一書房 1800円+税)
『図書新聞』6月1日号に黄英治『こわい、こわい』の書評を掲載したが、もう少し書きたかったことがあるので、極力重ならないように書いておきたい。

Photo_3  天皇の伊勢神宮参拝に際して、NHKは4月18日に「皇室の祖先の『天照大神』がまつられる伊勢神宮の内宮」と表現して報道した。これは天皇の神格化に繋がるとネット上では一部に異論が湧いた。天皇の代替わりと元号の改変に伴うマスコミの狂騒は神国日本を想起させ、天皇制国家日本の復活を促した。勿論、どの民族の神話も大切に思う気持ちを否定するものではないが、神話を歴史的事実とすり替えて理解するようになってしまうと歴史学は捨てられ、支配者に都合良く改変された物語が「歴史」と名付けられる事態に陥るだろう。神話の虚構に依る権威はやはり虚構であるという真理をないがしろにすれば、過去の悲惨を二乗して繰り返すことになる。
 中野重治の朝鮮人同志との連帯を歌った有名な詩「雨の降る品川駅」の原詩には「御大典記念に 李北満 金浩永におくる」という副題がついていた。「御大典」とは、1928年11月10日に挙行された裕仁天皇即位式のことだ。この式典に備えて大規模な政治弾圧が行われ、共産主義者や在日朝鮮人運動家の多くが検挙されたことは周知の事実で、小林多喜二の小説『一九二八年三月十五日』にも描かれた。天皇の名の下に号令し服従させたのだ。従って帰依しない者は排除しようとすることになる。実質的支配者が率先して恭順の意を表して、意に沿わぬ者を排除したのが実際だ。
 これは現代も変わらず、戦後それでも民主的に装ってきた「象徴天皇制」は政権の極右化とともに危険水域に達しつつある。天皇の人間的資質がどうあるかとは無関係に天皇制は排外主義を生み出すのだ。
 近本洋一は「逆立ちした塔──伊勢神宮と保田與重郎・三島由紀夫・中野重治」(『すばる』2019年5月)で伊勢神宮の式年遷宮を巡って日本的「存在」様式への問いを発している。そこで「日本」社会の成り立ちが、その核心に《公然の秘密》を置いた部族社会だという点に論及した。
 純血で普遍な天皇の系統に依拠する日本人性は、その架空の物語をコピーし続ける作業にある。日本人はつねに、その時の支配者によって日本に帰化し続ける作業を求められる。〈天皇の征服による被征服民の立場〉に依りかかってこそ他者を貶める権限が与えられる。
 移民国家化が進む日本で天皇制に帰依しない在日外国人、とりわけ戦前日本の植民地として支配され日本国民としての義務を強いられた朝鮮人の子孫の置かれた立場は危うい。
 在日朝鮮人とは誰か。1910年から1947年まで朝鮮人は否応なく「日本国民」だった。より日本人であるために日本語を強要され日本人名を名乗らせられ皇国臣民の誓詞を暗誦させられた。しかし戦後1947年5月新憲法施行直前に「外国人登録令」(外登法)が最後の勅令として制定され、「日本国民」たる在日朝鮮人を退去強制を含む外国人管理の下に置いた(水野直樹・文京洙『在日朝鮮人 歴史と現在』岩波新書)。戦後の民主主義勃興期に天皇制に拝跪しない朝鮮人は排除されようとした。
 黄英治『こわい、こわい』は、「日本」の排他性と虚構の純血主義への違和を表象した短篇集だ。二部構成になっているⅠ部は、私小説ではないが私小説的手法を駆使して、在日朝鮮人の存在の所以を問うている。
 日本国籍を取得した二人の従兄弟がそれぞれの主人公である「墓守り」と「墓殺し」は自らの朝鮮人としての根っこを大事にする者と、それを否定して「帰化」する者を対比した作品になっていて、「帰化」が日本国籍を取得するという単純な作業では無いことを暗喩している。
 「ひまわり」「煙のにおい」なども在日朝鮮人のルーツに迫り揺さぶられる存在を描いた系列の作品で、取材で得た素材と作者自身の生い立ちとをモチーフにして、在日朝鮮人の存在を表出した典型的な在日朝鮮人文学だ。
 作家黄英治は在日韓国民主統一連合(韓統漣)の活動家でもある。「あばた」の主人公は作者自身と同じように民族組織の専従をしていたが、作家を目指すわたしは、わずかなアルバイトはするが、経済的には殆ど妻の稼ぎに頼っている。出版社の在日二世の聞き書きをまとめる企画を手伝うことになり取材するうちに、自分の日本人名に今まで考えたこともない侮蔑を感じる。強制連行で渡日したアボヂ(父)黄小岩の通名は石田亀吉だった。「岩」を否定され「石」にされのろまな亀吉と嘲弄されたのだ。この〈日本人製の名前〉の意味を知らず、わたしは朝鮮を嫌い〈石田英治〉として十八歳まで生きてきた。
 震災後の東北へわたしは炊き出しのボランティアに赴き、人災を伴った天災に抗した。被災者は日本国民だけではない。翌日プロ野球の開幕戦を観に行った私たちは君が代斉唱の為に総立ちする人波の中に怒鳴られ暴行されながらも座り続けた。それはあたかも同質に鞣された皮に出来た小さなあばただった。「あばた」である意志は非同化の意志だ。
 この帰化を拒む意志は「君が代アリラン」でも表明される。高校を中退した美星はバイトして音楽を勉強し、ライブハウスなどで歌い、音楽事務所と契約してメジャーデビューまで漕ぎ着いた。ところがイベントで君が代を歌わなければならなくなる。これは踏み絵だ。日本で日本社会の一員として生きることと「帰化」は同一ではないのに、精神的帰化が強要されるのだ。
 Ⅱ部では、一旦在日の根っこ確認から先に進んで現在の日本社会の有り様を批判している。表題作「こわい、こわい」では被差別的立場にある自分が差別する側になってしまっている現実を発見する。
 「歌う仕事」で、都立特別支援学級に転任してきた朴陽一郎は、沖縄出身で新規採用の女性教員平良に君が代を歌わないのは「職務命令違反」だと脅される。被差別の記憶を持つ者が、天皇制に積極的に服従することで支配する側に立とうと、在日朝鮮人である朴を否定し、アジア出身のマイノリティーである生徒たちを貶める。
 「鏡の国」や「あるところ……」は架空の世界をモチーフにしている。「鏡の国」の世界では分断したの日本で朝鮮は統一している。現実とは逆に排外主義のヘイトスピーチで有名な在特会は朝鮮人で、在朝日本人を迫害している。この小説の意味は皮肉ではない。立場はいくらでも変わるのだという自省にある。日本人読者に問うと同時に、作家は加害者である自己を見つめているのだ。
 「あるところ……」は、現実の日本とリンクしている。自衛隊を仮想した防衛隊のJはあるところからの指示を受け特別な訓練に従事する。それは敵を憎悪し、死を恐れず、国家と社会の敵を躊躇なく殺すための訓練だ。
 「新・狂人日記」は、無論人食い社会を暴いた魯迅の「狂人日記」を念頭に置いて書かれた。現代社会はおたまじゃくしが共食いするように人間に共食いを競わせている。ぼくは「あるところ……」のJと同様の人物だ。〈恥知らずにも加害者から被害者になりすまし〉立場を変えながら共食いを繰り返している。人が人を食う社会とはまさにヘイトクライムの起きる社会だ。
 「小さな蓮池」では「人を殺してしまった償いはとうてい不可能だ」という重い事実を小説として異化した。死刑制度を含めても殺人に対価は無い。殺人は支配する側の論理としてしか正当化されない。煽動された大衆はヘイトクライムを起こす。これは単に在日朝鮮人の置かれた特殊な立場とは言えない。積極的被征服民は自己の存在と馴染まない者を差別し迫害する。
 在日韓国青年同盟(韓青)の活動が窺える「フィウォナ──希願よ!」では新しい命の誕生に、朝鮮人としての根っこから逃げず、人権と民族教育を踏みにじる社会の暴力と恥に加担しない、という意志を見せた。
 神話は忘却から始まる。黄英治は、奴隷であることを忘れた奴隷の目を持たない。繰り返し服従し続け、帰化し続ける「日本人」に抗う表現を選んだ。

2019年5月18日 (土)

梁貴子『ウォンミドンの人びと』

現代史の隙間に生きた市井の人びと
梁貴子『ウォンミドンの人びと』崔真碩訳(新幹社)

 ウォンミドンはソウルの西に隣接するプチョン市の町だ。ソウルを東京に例えるならばプチョンは所沢、松戸あるいは八王子かも知れない。現在のウォンミドンは地下鉄1号線と7号線に挟まれて交通の便も良い。しかし梁貴子の短篇集『ウォンミドンの人びと』は1980年台だ。
 冒Photo_1頭の「遠くて美しい町」でソウルからプチョン市ウォンミドンに引っ越す一家の様子は、寒空の下老母と幼い娘を引越トラックの助手席に乗せ、夫と臨月の妻は荷台に積んで行く侘しさだ。寂寥感に満ちている。まるで都落ちだ。
 ウォンミドンにやっと手に入れた家だったが、家中にカビが匂い天井から水が滴った。暖房のパイプが破裂し、台所の下水道が塞がりボイラーの煙突が倒れるなど、家の修繕に苦労しなければならない事情は「雨降りの日はカリボンドンに行かなければならない」に描かれた。妻も夫も専門業者ではない雑役業者のイムさんに疑心を抱いている。首都ソウルで勤務するサラリーマンというちゃちな自尊心でプチョンの市井の人びとを下に見ていた夫は、後で、冬には練炭の配達、夏には工事現場で働きやっと生計を立てているイムさんの深い悔恨と自尊心を知ることになる。
 ウォンミドンは、リストラされた社員が住む町であり、水商売の果てに女が一人で辿り着いた場所でもある。ソウル近郊開発の風に吹かれて、吹き溜まりのようにやってくる者も居ればせっかく買い集めた土地を切り売りしなければならない農夫もいる。
 連作なので同じ登場人物が複数の作品に顔を出し異なったアングルから映し出される。ウォンミ紙屋のチュさんと幸福写真館のオムさんは、両店の間に縁台を出して夏の夜を囲碁の応酬で過ごしている。
 「茶店の女」で、オムさんは最近開店した漢江人参茶店の女主人と恋仲となり町中の知るところとなってしまう。オムさんには妻と三人の子供がいる。写真館の運営は幼稚園の専属カメラマンとして働くことでやっと保っているが、自分に芸術的センスがあるという信念を捨てることができないでいる。漢江人参茶店の女主人は、妓生・ホステス・立ち飲み屋の酌婦と水商売を点々としながら名前を変えてきた女だ。ウォンミドンに来る前、彼女が働いて貯えると、親戚達たちが代わる代わるやって来ては金を無心して帰ったが、三十を過ぎると親戚たちも彼女のことを諦めた。干上がった泉、あるいは、寿命が尽きた機械だということを察したためだった。どれほど切羽詰まっていれば、ここまで来て商売をするのか、と言われる町だ。ウォンミドンを追い出されればあとは落ちるだけだ。
 「日用の糧」でズボン工場の隣に開店した新鮮青果店は、元からあった兄弟スーパーとキムポスーパーの妨害で店を畳むことになる。この町には新参者が多く、また去る者も多かった。
 「地下生活者」はトイレの無い地下部屋に住む貧しい青年と、彼が働く中小企業のにっちもさっちもいかない労使紛争の話だが、読後感がそこはかとなく温かい。生きることは厳しいが希望はある。
 最後に置かれた「寒渓嶺(ハンゲリョン)」で作家は自身を模した主人公を描いた。全州に住んでいた頃の20年以上会っていない幼なじみパク・ウンジャから電話がかかってくる。彼女はプチョンのナイトクラブで歌っているという。
 パク・ウンジャは数えきれないほど転び続けてミナ・パクになって歌っていた。頂上の面積は狭すぎて誰にでも立てるわけではない。登り詰めたとしても結局は下り道と向かい合わなければならない。粘り強く延命して這ってゆく人生の主たちにとって人生とは、探求して思索する何かではなく、体当たりで叩く堅固な鉄門であり遠くに見える高い嶺だった。これはウンジャにだけ向けられた言葉ではない。
 故郷では家の大黒柱だった長兄が身心を壊していた。老衰してゆく人生の深い穴は一番上の兄を壊した。一人の人間の骨身に沁みる孤独は、生きている者には助けることができない。
 小説の背景には朝鮮戦争、ベトナム戦争、光州事件と開発独裁政策という韓国をダイナミックに動かした歴史的事件が存在する。登場人物たちはこうした歴史を経験してきた。時代的背景を言えば民主化直前の時代だ。歴史的事件に翻弄され、その隙間に栄達や自己実現を目指しながら、夢破れたり、七転八倒して目標に向かいながらも到らず、必死で生きているのに上手くいかず、町外れの低山で行方知れずになり、生活の事情で対立し、優しさが裏目に出て妻子を辛い目に合わせたりする。大学を退学してスーパーで使い走りをするもののけさんは詩を口ずさんでいる。体格が良くごつい慶尚道方言のチュおじさんは意外に正義感が強い。いつも「げえげえ」言っているおじいさんも登場する。
 ミナ・パクの歌声に佇んだまま聞き惚れる私は〈泥酔して揺れているテーブルの酔客たちを私は涙目でいたわった。彼らにも忘れなければならない時間が、一筋の風のように生きたい瞬間があるのだろう〉と感懐する。
 優しさに溢れた短篇集だ。

2019年3月25日 (月)

イ ヒョン『あの夏のソウル』

あの夏のソウルに心を寄せる意味
                                                                                イ ヒョン『あの夏のソウル』下橋美和訳(影書房)
Photo 2019年2月28日、アメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長がベトナムの首都ハノイで会談を行った。歴史的和解が成立するやに思われたが決裂した。朝鮮戦争の終結文書は交わされなかった。近い将来の会談再開と平和条約の締結が待たれる。
 朝鮮戦争とは何かとの問いには歴史学者や政治学者が答えるだろう。韓国ではこの問いに作家たちが向き合い考え続けてきた。そこには人間が生きていたからだ。朴婉緒の『あの山は、本当にそこにあったのだろうか』(橋下智保訳、かんよう出版)などの自伝的作品は代表的だろう。朴婉緒は1931年生まれだが、若い作家たちにとっても朝鮮戦争は終わっていない。1970年生まれのイ ヒョンが青少年向けに書いた『1945,鉄原(チョロン)』は解放後の朝鮮で分断に揺れる青春群像を描いた。『あの夏のソウル』はその続編だ。前作の中心だった姜敬愛(カンギョンエ)や黄基秀(ファンギス)に代わり、革命運動家の孤児で貧しく底辺を生きた14歳の高鳳児(コボンア)や、地主一族で親日派判事の17歳の息子黄殷国(ファンウングク)らの苦闘する青春が描かれた。殷国は前作で共産主義者として死んだ黄基秀の歳の近い甥である。
 舞台もソウルに移った。ソウルは朝鮮人民軍の南侵によって人民共和国の支配下に入る。鳳児は西大門刑務所で生まれ、革命家の遺児として平壌の万景台革命学院に学ぶ生徒だったが、そこを逃げ出して鉄原を経てソウルに進入した。今は同徳女子中学に通い革命的なアジテーターとして名を馳せてしまった。平壌では落ちこぼれだった鳳児はソウルでは模範生になり正義を振りかざすが、本心はただ貧しい者も富める者も平等に分かち合い、殺したり殺されたりすることのない世界を望んでいるだけだ。自分の居場所を求めて足掻く少女に歴史は過酷な運命を背負わせる。
 黄殷国は金持ちの息子だが、家族の多くは釜山など南方に逃げ父親の黄基澤(ファンギテク)は行方不明だった。殷国は父に反発しながらも心配していた。殷国は、日本の植民地支配期には親日派として立ち回わり解放後も莫大な財産を有する大地主の一族だった。父である黄基澤は横暴な右翼判事で左翼の活動家を容赦なく取り締まり過酷な判決を下していた。
 殷国の友人たちは多様だ。共産主義者として戦う道を選んだ者もいれば、具相満(グサンマン)のように右翼グループに属して活動する者もいた。相満には彼なりの正義があり、平等を立前とする人民共和国支配とは相容れなかった。
「おれがつかんだ縄が法であって、正義なんです。」
「ようやく人よりいい暮らしができそうな縄をつかんだのに、いまになってチャラにして公平にだって? そんなふうにはできません! だから、アカをぶっ殺すよりしかたないんです。」
歪んだ思想だが相満にとっては正義だ。こうした正義を振りかざしてヘイトスピーチを叫び、ヘイトクライムを実行してしまう人間が現代社会にも少なからず現れている。
 再び米軍が攻勢をかけ李承晩政権がソウルを掌握すると黄殷国は父親に救われて元の家に戻るが、釜山へ行く列車から飛び降りて自分の道を目指す。殷国は自分を育んだ生活が朝鮮民衆を踏みつけにして成り立っていることを認識していた。彼には右翼から左翼まで様々な友人がいて、それぞれに貧しかったり芸術家だったり、殷国とは違う視点を彼にぶつけていた。第三者の目があって初めて「確固たる加害者」を自己に発見することができたのだ。朝鮮戦争のさなか、家を奪われ家族をバラバラにされ友を失うが、殷国には自分が被害者であるという認識は見られない。
 この小説では多くの若者たちが傷つき、倒れ、死んでいった。そして更に、生き残った者を待っている残酷な未来をわれわれ読者は知っている。支配し支配され奪い奪われ、踏みつけてのし上がる者と踏みつけられるものとの矛盾が現代史を覆って行く。
 殷国や鳳児たちは本当は支配することも支配されることも望まず、ただたんに〈うばわなくても豊かでいられて、はいあがらなくても尊厳を持って生きられる世の中を夢見て〉(作者あとがき)いたに過ぎない。
 沖縄を中心とする在日米軍基地から飛び立った米軍機は容赦ない爆撃で朝鮮半島を破壊し、そこに暮らす人々を地獄に追いやった。日本の植民地支配から朝鮮戦争を経て固定化した分断は連続している。日本と無関係ではなく日本人は無関心ではいられないはずだが、どれだけの日本人が朝鮮戦争に苛まれたあの夏のソウルに思いを寄せて来ただろうか? 歪んだ正義で嫌韓をがなり立てる前に謙虚な気持ちで振り返って見た方が良い。
 人間は自分なりの正義で暴走する。為政者も権力者に従うだけの弱い立場の者も同じく正義の鎧で身を固めている。加害者である自己を認識し得なければ誰でも醜悪な行為に手を染める可能性がある。評論家山城むつみの次の言葉を胸に刻みたい。
真に恐ろしいのは、人間的で高潔な心情を持つ人が、高邁な理念から正しい理論に基づいて真摯にその原理を実践したにもかかわらずそこからは想像を絶する醜悪な行為が出来てしまうということである
                     (山城むつみ『連続する問題』2013年4月幻戯書房)

2019年2月24日 (日)

イム・チョル『別れの谷』

歴史の霊魂は記憶に宿る

イム・チョル『別れの谷』朴垠貞 小長井涼訳 三一書房
 

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 ソウルの東、江原道の山あいを走る旌善線の小駅別於谷(ピョロゴク)にまつわる人びとの記憶が掘り出されると、そこには韓国の歴史が人びとの霊魂として浮かび上がってくる。
 林哲佑(イム・チョル)『分かれの谷』は、詩を書く青年駅員チョン・ドンス、8歳の冬に朝鮮戦争で逃げる途上家族と生き別れになった老駅員シン・テムク、元日本軍従軍慰安婦のおばあさんスンネ、駅向かいの「音楽のあるベーカリー」という看板の女主人ヤン・スンジ、4人の相互に関連したエピソードからなる物語だ。
 別於谷駅の若い駅員チョン・ドンスは詩を書いている。鉄道庁の社内報に詩が掲載されたことがあり、「詩人」という愛称で呼ばれる。ドンスは町の講演会に招かれた元大学教授である詩人の言に従って美しいもの探してノートに書いていた。しかし、喫茶店に勤める少女の自殺を知って「美しさって」何なのかという疑問を抱く。美しささえあれば詩ができるという気持ちが揺らいだ。彼は、少女の寂しさに疲れ果てた孤独で乾いた声に耳を塞いでしまった自分に嫌悪を感じた。
 ここでイ・チャンドン監督映画「詩」を思い出した。主人公の老女もまた詩を書くために美しいものを探して歩くが、彼女を包囲する現実は冷酷だった。彼女は醜悪な現実に対峙して一篇の詩を書き残す。駅員ドンスもまた厳粛な歴史の子である。ドンスは父の死の真実を知らなかった。決して美しくない歴史に悪酔いしながらも生きるしかないのだ。美しい詩との別離、歌の別れは小説全体の背景に作家の思想として配置された。
 スンジは忌まわし都会での過去を振り切るように美しい山里に居を移してパン屋を始めたのだが、ドンスを見て少女期の記憶を思い起こす。自分が裏切った脱走兵とそっくりだったのだ。
Photo_2  老駅員シム・テムクは若いときにちょっとしたミスで新婚の鉱夫の命を奪う事故を起こしてしまった。罪障感に打ちのめされ出世からも遠ざかったシムは、放蕩と自暴自棄のうちに足掻いていたが、運命は過去の方から近づいて来た。子連れの若い女と結婚したシムは熱情的な我欲の虜になる。しかし真実は脆弱な嫉妬と暴力の支配をあっと言う間に打ち砕いた。妻を失い娘に逃げられたシムの孤独な駅勤務も終わろうとしている。
 この小説のなかで最も凄惨な人生を送った「鞄ばあさん」ことスンネは、父親も徴用されて貧しい農村暮らしのなかまだ16の歳で満州に連れて行かれ日本軍に従って移動し凄惨な若い命をやっとの思いで繋ぎ続け、生死のあいだを彷徨うように逃げて生きた。今は姪と二人で暮らしている。毎日不自由な体で重い鞄を引っ張って駅までゆっくりと歩いて来る。
 性奴隷としての日常がどんなに悲惨なものか、作者は多くの証言録や研究論文を読破して小説の土台となる歴史的事実を踏み固めてリアリティーを追求した。この章が最も長く綿密に描かれている。日本軍兵士についても、恒常的な飢えに苦しみ、不安と恐怖に身心を蝕まれている。みんな哀れな人間なのだ書き、慰安婦との恋愛関係も描いている。しかし、だからと言って、日本軍兵士の為に地獄の日々を送らされた女性たちと日本の兵士が「同士的関係」であったなどとは作者は言わないだろう。両者のあいだには厳然と非対称性の暴力が横たわっていたのだ。
 別於谷(ピョロゴク)「別れの谷」という名の駅に集う人びとの、呼び覚まされた記憶に刻まれた個人史こそ、社会の歴史とリンクしている。日本の植民地支配と「従軍慰安婦」と呼ばれる戦時期性奴隷制度、朝鮮戦争によって離散した家族の経験した痛み、北朝鮮と対峙していた韓国軍脱走兵の死、駅で起きた不慮の事故。元従軍慰安婦だった「鞄ばあさん」の目的地はどこなのか。重い鞄の中身は失われた故郷なのだ。
 廃駅間近なプラットホームで薬局のソンが言った。
「こっからえれぇたくさんのやつが出ていきおった。同時にここにゃあえれぇたくさんのやつが降り立った。もう誰もそのことを思い出してくれないかもしれねが」
 山あいのちいさな駅にまつわる記憶の集積は、現代史の霊魂を呼ぶ文学であった。

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2019年1月23日 (水)

キム・ヘジン『娘について』 

名前を持たない封建道徳が、新しい名前を踏みつける

                                                                          キム・ヘジン『娘について』 古川綾子訳(亜紀書房)

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 現代は封建的因習に支配された古い価値観と、多様な存在を平等に認めてあらゆる差別の撤廃を目指す新しい価値観との矛盾が激突する時代だ。
 チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』は、この社会でごく普通の女性がどう差別されてきたかを指し示し、大きな反響を呼んでいる。1978年生まれのチョ・ナムジュより更に若い1983年生まれのキム・ヘジンは、『娘について』の解説によると、ホームレスに転落した青年の悲哀や不安定な社会に生きる若者たちを描いて評価されてきた。新作『娘について』は韓国文学を牽引するクィア(性的マイノリティ)文学として文学史に位置づけられるらしい。
 この小説は、同性愛者の娘と世間体を気にする母との対立を軸に、老人介護と施設の抱える闇、外国人労働者と移民問題など現代社会を覆う社会的諸問題をモチーフに展開する。
 要介護老人に対する施設経営者側の非人間的扱いに断固抗議する母親も、娘が同性愛者であることにたいしては不寛容だ。母は娘に、平凡に結婚して家庭を築き子を産み育てる「普通」の母となることを望んでいる。性的マイノリティに対する社会的差別に対する抗議に母の理性は肯んじるが、なにも自分の娘が先頭に立つことはないと感情は穏やかではない。母の古い女性観は世間体を気にして、平凡に地道に生きる道こそ、胸を張れる生き方だと思い込んでいる。
 母は老人介護施設で働いていて、ジェンという老女を担当している。ジェンは外国で学び活躍して結婚もせず生涯を人びとのために尽くした。本を書き、アメリカや韓国で移民のための教育センターや人権相談センターを創設し、韓国政府を批判して入国禁止になったこともある。
 母である「私」は、ジェンの世話をしながら娘の将来を重ねて見ている。〈窮屈で息苦しい孤独の中で老いていく人。他人と社会、そんなご大層なものに日々を無駄に費やし、すべてを使い果たし、暮れゆく人生をひとりぼっちで見つけなければならない、痛々しくて哀れな人。〉
 私は、施設で厄介者扱いされ捨てられようとするジェンの問題は、目の前に迫る自分自身の問題なのだと気づきながら、一方で自身に関係のない社会問題に時間とお金を注ぎこんでしまったジェンを哀れむことによって精神的優位を保とうとしている。それなのに私は結局ジェンを守ろうと奔走してしまう。
〈とにかく知らないふりをして、沈黙を守るのが礼儀だと思われているこの国に私は生まれ、育ち、老いてしまった。それなのに今になって、どうしてこんなことを考えるのだろう。今までずっと黙って言われたとおりに生きてきたのに、今回の件がどうしてこんなに気になるのだろう。〉療養保護士としての自尊心がそうさせたのかも知れない。現代社会で働くことは、仕事の奴隷として常に疎外や無視を恐れなければならないという現実に抗ったのだ。
 娘は性的マイノリティであることを理由に大学から排除され、クィアグループの抗議は群衆の暴力によって踏みにじられる。私は〈この子たちは生の真ん中にいる。幻想でも夢でもない。堅固な大地をしっかり踏みしめて立っている。私がそうであるように。他の人がそうであるように。この子たちは冷酷とも言える人間の営みの中心で生きている。〉と意識し始める。
 この小説では、私は「母さん」「奥さん」であり名前で呼ばれない。介護施設の同僚も同様に「教授夫人」だったり「新入り」だったりで名前が無い。それに比して娘たちは「グリーン」「レイン」と自分たちで付けた名前で呼び合っている。名前で呼ばれない親世代に付けられた本名を拒否した新しい名前なのだ。ここには家族とは何だという疑義が見える。此処にも古い価値観と新しい価値観の激烈な衝突がある。要介護老人ジェンも本名ではない。ジェンもまた社会に対峙して戦った過去を持っている。日々の生活が一杯いっぱいで疲弊し、人のことを考えられなくなっている人びとに名前を選択することはできない。

2018年12月15日 (土)

82年生まれ、キム・ジヨン

「直男癌」としてひとこと モブ・ノリオの弁を借りて)

チョ・ナムジュ(斎藤真理子訳)『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)

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 『82年生まれ、キム・ジヨン』は問題作だ。韓国における女性差別の実態を告発したフェミニズム小説である。何故問題作とされるのか。その反響は大きく韓国で100万部以上が売れ、映画化も進んでいる。それだけではない。凄まじいバッシングが起きたからだ。韓国でも、日本における「在日」特権論に代表される「特権論」にも似た逆差別論が巾をきかせている。(詳しくは伊東順子氏による「解説──今、韓国の男女関係は緊張状態にある?」を参照されたい。)女性嫌悪(ミソジニー)的思考と、基本的男性優位の社会構造をひっくり返す影響力をこの短い小説は持っている。
 この小説に描かれたのはごく普通の女性の日常なのに、なぜこんなにも過酷なのか。女性差別と、女性差別に対して寛容な社会、セクハラ犯罪とセクハラに寛容な社会構造を、言葉にできない読者に代わって訴えた小説だ。日本の読者は、これ韓国だけに限った話じゃないと思うだろう。
 それに昨今の日本、性差別事件が目立つ。セクシャルハラスメントや性的暴行は止まることがない。未だに戦時性犯罪に対する理解も度し難い。政治家やマスコミによる被害女性に対する誹謗が続いている。
 ジャーナリストの伊藤詩織さんが、安倍晋三首相と親しい関係にあるジャーナリスト山口敬之に東京のホテルの一室でレイプされたのは2015年4月、伊藤さんは刑事告発し山口は書類送検されたが、検察判断は不起訴処分だった。伊藤さんは、2017年10月「準強姦」被疑事件を綴った手記『Black Box』を出版し、日本外国特派員協会で会見を行った。その後イギリスのBBCが伊藤詩織さんを取材した1時間に及ぶ「Japan's Secret Shame(日本の秘められた恥)」を放送するなど海外での反響は大きかった。しかし日本では殆ど報道されず、むしろ性暴力被害者である伊藤さんに対するバッシンが激しかった。「淫売」「娼婦」「死ね」などの誹謗、中傷、ヘイトメッセージが殺到し、ハニートラップなどとも言われている。
 大学生による強姦事件も野放しの感が否めない。象徴的なのが2017年慶応大でミスコンを主催する広告学研究会の学生らが、当時18歳の女子学生にテキーラを飲ませたうえで集団強姦した事件だ。「週刊文春」や「週刊新潮」が報じ、ミスコンが中止になると、加害学生らは、被害女子学生が乱暴される動画を配信し、LINEのやり取りなどを集め、女子学生が元々奔放な女性だと学内に印象づけた。このようなセカンドレイプが公然と行われる社会だが、加害学生たちは6人全員が不起訴となった。この後も多発する強姦事件は不起訴となるケースが多い。
 女性差別は性的なものだけではない。東京医科大学をはじめ多くの大学医学部の入試で、女子受験者らの点数を一律減点操作するなどの差別が行われていたことが発覚した。入試時の性差別が今年始まったとは思えず、ずっと続いていたに違いない。優遇されて入学した男子学生はどう思っているのだろうか。
 既得権益は手放しがたい。特に虐げられた下層の住人であれば尚更だ。女性を下に見る「権利」は捨てがたい。『82年生まれ、キム・ジヨン』の主人公キム・ジヨンの夫チョン・デヒョンは極めて善人でジヨンを愛し、ジヨンの困難には手をさしのべる。しかし夫チョン・デヒョンと妻キム・ジヨンの関係は、非対称性暴力の構造に組み込まれている。夫の感情如何に関わらず妻は夫によって虐げられている。小説のなかでチョン・デヒョンは少しずつ気付き意識改革を試みているように思えるが、変化しようとする社会構造を追いかけるのがやっとだろう。他の男性登場人物とりわけキム・ジヨンの職場の上司・同僚らの意識の低さは醜悪でさえある。
 さてこの問題作『82年生まれ、キム・ジヨン』に対する男の側からの回答としては、モブ・ノリオ「渡辺直己はただ一匹か数千万匹か?~《直男癌=Straight Man Cancer》の自己診断と根治の模索~」(『すばる』12月)が最適だ。と言うより他に無い。自分の言葉で応えないで多少卑怯だと思われても仕方がないが、モブ以上のものを書く自信が無い。これ『82年生まれ、キム・ジヨン』の書評ではない。早稲田大学教授文芸評論家渡辺直己の教え子に対するセクハラ事件への感想だ。セクハラ事件が公になり渡辺は大学を辞職した。教え子に「俺の女になれ」と言ったそうだが、酔っ払いが飲み屋で言ってもビールかけられそうな言説を、大学教授が学生に対して吐いたというのだから開いた口が塞がらない。しかし事件を起こしたのが文芸評論家であるにも拘わらず、この事件をまともに批評する声は少なかった。それだけにモブ・ノリオの批評は秀逸だ。
 モブ・ノリオは渡辺と親しい立場にあり、被害者である女性ではなくセクハラ加害者のジェンダーに自分が属することを確認したうえで議論を進める。モブは、架空の設定で「容姿による女性差別語を自然に用いてしまった」(自らの失言未遂)として自分自身の卑近な女性差別をなかったことにはできなくなり、フェミニズムやジェンダーについて学んだ。ヘテロセクシャルの男性を「直男」、異性愛指向男性に特有の用意には根治しがたい生活習慣病的女性差別傾向を「直男癌」と中国語から引用して、「私は私で、自覚症状のない《直男癌》に違いなかった。」と自己規定する。
 そして、〈女性が、女性であるという理由から、男に殴られたり、大声で脅されたり、身心の自由を奪われたり、犯されたり、命懸けの訴えを黙殺されたりする恐れが微塵もない状態……《完全な平和》、これこそが「女性的な勝利」でなはいだろうか? 〉〈世界中の男が、《直男》の男たちが、「女性的な勝利」を実現しようと努力すると、戦争など止めざるを得なくなる。〉とやや上滑りな感は否めないながらも誠実な感想を持つに至っている。
 女性差別、女性嫌悪(ミソジニー)問題において自己を加害者の立場に見立てて論じたケースは極めて少ないと思われる。(筆者はこれまで熱心に見てこなかったのでよく知らない。)これは非対称性の暴力を自己に当て嵌めるという誠実な対応だ。
 『82年生まれ、キム・ジヨン』は日本語訳も発売と同時に増刷と聞く。大半の女性には共感されるだろうが、女性の悪罵を目にすることもある。日本は今や「ミスコン」や「カワイイ」文化を世界に晒すロリコン社会だ。需要があるということだからセクハラは世界に蔓延していると言える。そりゃ「生活習慣病的女性差別傾向」は女性にだって表れる。〈直女癌〉と呼ぶしかない。
 一方、『82年生まれ、キム・ジヨン』を読んで、自分の人生と比べてみる女性たちがいる。女性は反省しながら社会に対峙するから偉い。果たして男性はどうだろう。私はモブ・ノリオほどに意識的に在りうるだろうか。恥ずかしくなってしまう。大半の男性が「直男癌」なのだ。そこに気づける男が多くあることを祈るのみだ。小説の内容には殆ど触れなかったが、読めば分かりますから。

2018年10月14日 (日)

チョン・セラン『フィフティ・ピープル』

文学は浅薄な人間社会に希望の灯を点す

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 連作短編の形を借りて書かれたこの小説の目次は、最後の章を除けばすべて人名になっている。市井の名もなき人々にも名前がある。作者の意図はそんな所だろうと高を括っていたが、予想を遙かに上回った。帯に「痛くて、おかしくて、悲しくて、愛しい」とある。こんなありきたりなコピーが表層的な宣伝文句としてではなく、切実に当て嵌まっている。
 タイトルに出てくる人名は50人ではなく51人だが、彼ら以外に重要な登場人物が数人いる。読者が誰に心を寄せるかは自由だ。丁寧に読み込めば殆どの登場人物にシンパシーを感じるに違いない。読み進めてタイトル以外の人名が出てくると前の頁に戻ってその名を探すことになるので、行ったり来たりの繰り返しになる。
 ここに描かれたのは、ソウル郊外と思われる都市の病院とその周辺に生き働く老若男女、ただし若い人多めな感じだろうか。病院が中心だから冒頭から血とアルコールの匂いがつきまとい、死が身近に感じられたりもする。
 チョ・ヤンソンの17歳の娘スンヒは家に入って来た男にナイフで首を搔き切られた。スンヒはウサギの絵のトレーナーを着てベーグル屋でアルバイトしていた。スンヒの友だちはクォン・ナウンをからかったが、親切なスンヒはナウンをかばい、店で余ったベーグルを分けてくれた。〈高校生活はしんどいから、ちょっとした思いやりの効果がよそよりずっと長持ちする。〉恋人に殺されたと噂されるけれど、ナウンには信じられなかった。スンヒは憧れだったからだ。ベーグル屋の客で詩を書くぺ・ユンナは、スンヒのことを「笑わない親切な人」と思っていた。シンクホールに落ちて骨折したユンナが退院後ベーグル屋を訪ねると、スンヒはもう居なくてアルバイトの子は涙ぐんだ。
 スンヒの名はタイトルには無い。タイトルに無い登場人物にさえ物語があり、読者は彼らの生を頭の中で再構成する。作者は本を読む私たちに想像力を求める。
 目の下にフォークで刺された穴が三つ残ったカン・ハニョン、性的マイノリティのチ・ヨンジ、ナイジェリアから来たスティーブ・コティアン、「加湿器殺菌剤事件」で姉を失ったハン・ギュイク、名高い感染症内科医なのに月に一度低所得層居住区にボランティアに行くイ・ホ先生。どの一人も自分のできる範囲で社会の歪みに抵抗して生きる。
 大学では企業が必要とする人材育成が優先で人文学系の学科が統廃合されようとしているため、学生たちが抗議活動している。刑務所で診察する公衆保険医イ・ドンヨルは、贈収賄で収監されながら「皇帝接見」で優遇されている建設会社の社長を怒鳴りつけた。社長は「エセ精神修養的な自己啓発書」を持って、売店で鶏もも肉にかぶりついているような男だ。
 社会には薄汚い空気が満ちているが、人びとは生きることで抗っている。〈ほとんどの人が資本主義の浅薄さと醜悪さを体現したような空間で暮らしているとしたら、〉誰もが少しずつ歪んだ社会と折り合いをつけながら生きて、くしゃくしゃのシーツの皺を伸ばす程度には抵抗し、雨の日が続けば干さない蒲団に寝て、時には逃げるのも悪くない、と思う。これは韓国だけの話ではない。差別と憎悪が垂れ流される、汚職まみれの金権体質は日本社会の方が深刻だ。
 そして最終章「そして、みんなが」を読んでいるときはほんとに恐ろしかった。われわれはセウォル号の事件を知っているし、チョン・イヒョンは「三豊(サンプン)百貨店」の崩壊を小説に描いている。まるで映画館が1冊の本であるかのように、映画館に集まった人びとの名を前の頁に戻って確認しながらおそるおそる読み進めたのだ。もはやここに集まった彼らはすでに私の親しい友人であった。彼らが押しのけあい逃げ惑う悲劇を見たくはなかった。しかし作家チョン・セランの選択は、幸いなことに希望だった。ありがとう。
 斎藤真理子さんの「訳者あとがき」が解説としても批評としても素晴らしい。ここまで必読です。また、本作は亜紀書房の「となりの国のものがたり」シリーズ第1回とのことで続巻にも期待したい。

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2018年9月16日 (日)

倉数 茂 『始まりの母の国』

自己に対する違和感を持ったまま生きる
倉数茂『始まりの母の国』早川書房 2012年4月

 

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 『アイヌ民族否定論に抗する』(岡和田晃 マーク・ウィンチェスター編)に寄稿している倉数茂の論文「〈おぞましき母〉の病理」が興味深かったので最新作『名もなき王国』(2018年 ポプラ社)を読んだ。売れない小説家が偶然出会った若い小説家と議論する。若い小説家瞬の物語や、瞬の伯母で今は亡き無名な作家の物語、彼女の書いた小説などが浮かび上がってくる。幾重にも重なり複雑きわまりない構造になっている。なにが(小説の中の)現実で、どこまでが(小説の中の)小説なのか判然としないまま読者は翻弄されてエンディングに向かう。すべての謎が解ける最後を迎えても読者はそれが現実なのかどうか迷路の中にいる。現実と小説家である登場人物の書いた小説と妄想・幻想が絡み合い、それぞれが短編としても読める多重構造になっている。最後に明かされる「事実」も読者として信用するべきか迷う。そもそも小説だから事実ではないのだけれど、事実とは何か、「私」とは何かという疑問を自分に投げかけることになる。
 作家には、人間の性愛、嫉妬、信仰、家族、社会、生活といった小説の骨肉を再考し捉え直す作業が必須だが、倉数は精神分析学を土台として小説を構築するらしく興味深い。
 『名もなき王国』より先2012年に上梓されたのが『始まりの母の国』だ。帯には「ハヤカワSFシリーズJコレクション創刊10周年記念作品」と謳われている。私はSFファンではないので知らなかったが、評価は低かったらしく、インターネットで調べたところ、「読書メーター」などでも否定的な感想が多い。SFファンの評価基準がどこら辺にあるのか承知しないが、不当な気がする。
 私は上記したように「〈おぞましき母〉の病理」に惹かれて倉数茂を読むようになったので、この論文に沿って『始まりの母の国』を読み解こうと思う。
 外部から隔絶された孤島に女たちだけで暮らしている社会がある。孤島と言ってもけっこう広い。特色のある地域ごとに複数の村があり、村と村のあいだには山や広大な森や草原がある。この島の女は「母」と「娘」に分かれていて、娘たちは母たちの娘であって特定の誰かの娘でも母でもない。ここでの生活は共同共助で一種の共産制社会と言える。
 倉茂はジュリア・クリステヴァの言を借りて、不快と魅惑、嫌悪と執着という両極端の感情を同時に引き起こす対象のことを「abjectアブジェクト」と呼んだ。アブジェクトとは実は「母の身体」の名残だと言う。倉茂が『始まりの母の国』で描いた女の国は、〈自己と世界が未分化で、しかも世界がそのまま母親と一体化していたころの母の身体である。〉
 主人公のエレクは山中の村に住むが海辺の村に漁の手伝いに行った帰途、海辺で漂着した男を見つけ連れ帰ってしまう。男を匿って看病するが、もちろんそんなことはあってはならない。エレクは恢復した男ソアを連れて逃亡する。これは反乱だ。エレクの反乱は〈自他一体の海にたゆたっていた乳児〉が母の身体を棄却(アブジェクション)しようとする行為に似ている。
 やがて島に外の社会の軍船が近づく。この島以外の社会は私たちの社会とほぼ同じ構造の社会と言って差し支えない。正確に言えばやや過去で近未来に再来しないとも限らない父権社会だ。「父の国」の「母の国」に対する侵略が始まる。母の国と父の国の戦いだ。平和平等に暮らしていた女だけの国も慌ただしくなる。エレクとソアの次の会話は「始まりの母の国」と一般社会(父権社会)との比較特性を象徴する。
エレク「私たちが武器を使うのは、狩りのときだけ、食糧を得るためだけだ。それなのにおまえたちはいつも殺し合っている。何の意味があるんだ。」
ソア「私たちの世界では、大きいものはより大きく、強いものはより強くなろうとする。」
ソア「……私たちは父に囚われている。私は長いあいだ父を憎み、うとましく思い、そして同時に離れがたいものとして愛してきた。父に認められたいという熱望と、父から少しでも遠くに離れたいという欲望のあいだを揺れ動いてきた。…」
 母の国とて必ずしも絶対的な理想の国ではない。母たちは始まりの母の国を維持するために異形の者を排除してきた。人知れず森の奥、樹上で暮らす「森の民」の老婆は語る。
「そなたの母たちは、わしのような体を持って生まれてきた子たちをその場で死なせてしまうのじゃ。水につける、と聞いておる。そなたたちは、すべて始まりの母という鋳型から出たままでないと満足しない。わたしたちはそう思わん。わしらは単なる写しではない」
 女から生まれ女を蔑視し、犯し、支配しようとする父権社会と、母を喰って生きてきた女たちの世界は、鏡の内と外のようでもある。
 侵略を経験した「母の国」は徐々に男の世界のように統率された軍を持ち、政治的組織が支配する社会に変貌していくであろうと予測される。
 母の国は、ソアの助力もあって一旦は侵略軍を追い払うことに成功する。ソアも島から出ていく。ソアは出帆する際にエレクを誘うがエレクの応えは、「無理だ、私はここの土地の根付きの木だから」だった。エレクは母の国にいくらかの嫌悪を感じながらもそこを離れて海を渡ったりはしない。これは乳児が母親の悪しき部分、汚
(けが)れ、母と未分化である自己のおぞしまさから離れ切らないことを示している。エレナは母性棄却(アブジェクション)を選択しなかった。強く清く正しい父権社会への順応を拒否したのだ。エレナは社会への疑問を持ち、自分が自分であることへの違和感を持ち続けたまま生きることを選択した。このことには現実的意味がある。
 一方男であるソアの立場から見たときには、母との別れである。男は何度でも母との別れを体験する。これは蛇足だが、私はここで、在日朝鮮人作家金泰生が幼児期に体験した母との別れを連想した。母とも母なる済州島からも切り離された幼い命を思った。『始まりの母の国』という小説のタイトルで30年以上前に自分が書いた短文「妣が国朝鮮」を思い出していた。金泰生の短編「童話」を批評する体の短文だ。掲載したのは、大宮で在日朝鮮人文学の読書会をやっていた時の会報だ。一部引用する。
    母との別離は金泰生のいくつかの作品の冒頭に置かれ、常に故郷─済州島から離れて、渡日する少年の姿へと繋がっていく。作者にとって、過ぎ来た母=故郷=済州島のイメージは絶対に近かったのだし、母との別離を経て、後の在日の生活は相対的・過程的な立場だった。
 母とは故郷と同一の、得がたい理想なのだろう。しかしそれは「得がたい夢」でしかない。我々は違和感や生きがたさや自己肯定できない無念を抱えながら生きる動物なのだ。

*当ブログでは2020年の発表の小説「あがない」に関する記事もあります。

2018年9月12日 (水)

志賀泉『無情の神が舞い降りる』

フクシマ後に生きる文学
志賀泉『無情の神が舞い降りる』筑摩書房2017年2月

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 『吟醸掌篇』vol.2(けいこう舎 2017年8月)掲載の「花火なんか見もしなかった」を読んで志賀泉という作家が気にかかっていた。震災にともなう原発事故で福島の立ち入り禁止区域から宮城県に避難した主人公の心象に沿って、郷愁と別離、嫌悪と哀愁、暴力と優柔、被害と加害とを、織りなす布の表裏のように描いた佳作だ。ここには震災を単純な善悪論で論じたり、善意のモチーフとする者への怒りが感じられた。
 これより早く発表された『無情の神が舞い降りる』(筑摩書房2017年2月)を今頃やっと読んで恥ずかしげも無く批評めいたことを書く。同書所収の「私のいない倚子」は、原発事故汚染地域から阿武隈山地を越えて内陸側に、母と別れて避難した女子高生を描いた。私である伊藤カナは原発避難民高校生を描いた映画の主人公に抜擢されるが、スタッフとぶつかり役を降りる。ここにも原発を自己実現の素材としてしか見ない者への違和感が積み重ねられる。
 『無情の神が舞い降りる』所収2編中のもう一篇、表題作「無情の神が舞い降りる」は、充分には自立し得ない中年男が、3人の女性との分裂と棄却と遭遇を繰り返し自己の生を取り戻そうとする物語だ。
 吉田陽平である俺は、父の死後一人で床屋を守っていた母が脳梗塞で倒れた三年前、東京の事務機器メーカーで働いていた。俺はエンジニアになりたかったのに営業に回され冴えない日々を送っていたが、介護のために田舎に帰った。原発事故が起きて避難しようと思ったが衰弱した母が耐えられないと考え、諦めた。
 俺が世話しているのは母の身体だが、本当にこの中に母がいるのか疑いたくなる。それでも、この中から俺が産まれてきたのは確かだから、俺が始末をつけるべきなのだ。
 母を生かしていることは俺の誇りだ。……甲斐甲斐しく母の世話をしながら、俺の背中にはぺったりと、母の死を願う心が貼りついている。
 俺の命まで母に引きずられてずり落ちそうだ。
 ここにはabjectアブジェクト的な感覚、つまり不快と魅惑、嫌悪と執着、両極端の感情を同時に引き起こす対象としての母が描かれる。(倉数茂「〈おぞましき母〉の病理」『アイヌ民族否定論に抗する』所収 を参照されたい。)俺と母のあいだに横たわる非対称性の暴力には誰も気付いていない。
 俺は小学校6年のとき東京から引っ越してきた開業医の娘美鈴と、級友たちとは秘密裏に仲良くなっていて、美鈴に命じられるままにその家で飼っている孔雀の餌として蛙の捕獲を続ける。少年期に都会的な少女に憧憬に似た感情を抱いた記憶は、美鈴の家の孔雀に重なり、孔雀は更に原発に重なっていく。
「孔雀は原発に似てる」
 俺が美鈴に魅了される構図は、派手な羽根で雌の気を惹く孔雀や、未来を開く夢のエネルギーとしての原発に似ている。しかし、羽根が立派になれば目立って敵に見つかりやすくなる。身体が重くなって飛びにくい。原発も技術の進歩、経済発展のためと言いながら危険を承知でリスクを高めていく。
 美鈴に惹かれた記憶はそのまま美鈴の死に対する罪責感に繋がっている。俺は美鈴を死に追いやったという自責や自己嫌悪から解放されない。
〈俺はこの町が嫌いだった。自分を嫌うように故郷を嫌った。嫌うことで、美鈴の死と正面から向き合うことを避けてきたのだ。〉と思っている。
 原発事故で人のいなくなった町に寝たきりの母と二人取り残された俺は、ペットレスキューの活動をしている怜子に出会う。俺の家を訪ねた怜子が寝たきりの母の手を両手で包み込むように握って声をかけると、母の目尻に涙が滲む。〈俺は、俺が手を握られているように、怜子の手の温もりを感じた。〉
 母に対する愛情と嫌悪の混じった感情や、死んだ美鈴に対する罪責感が、怜子の出現によって癒やされていく。
 そして母の火葬に自分の体が焼かれる思いを感じながら、イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」の歌詞のように、チェックアウトは自由だが出口の見つからない出発を決意する。
 志賀泉は安っぽい「絆」や「ガンバレ日本」の連呼に嫌気が差している。同時に責任を原発だけに押しつける正義にも不信感を募らせた。
 「無情の神が舞い降りる」の俺は、母-美鈴-怜子に喜びと嫌悪と希望の感情を多重に重ねる。最後部、俺が怜子に抱く薄い希望のようなものには一抹の危険がつきまとう。他者を排斥しながら自己を純化させようとする「妄想分裂ポジション」が消去されたとは言いがたい。恐らくそれは無理な注文だろう。多分それで良いのだ。文学に必須なのは揺らぎない正義ではなく、相対的マジョリティに同調しない感性と、自己をも含む悪や恥辱や弱点を客観視できる理性なのだから。

2018年9月 1日 (土)

母の闇──松岡政則の詩

松岡政則『あるくことば』(書肆侃侃房)

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 日常は単調だ。目やにで曇った目で先行きの不透明を感じ、日々動きが悪くなり認知機能の悪化する母の世話をしながら、自分も内科と整形外科と眼科に通院し、日々の家事をやっつける。勤め人であれば、定時で帰宅する勤務先で疎外感を感じ、いよいよ「介護退職」となると先行きの不安が増す。そうした日常が続けば、汚辱に対する嫌悪が増してくる。自分が潔癖であると錯覚して仕舞うのだ。母の糞尿は薄汚く、認知症は否定すべきワガママな振る舞いにしか見えなくなってくる。そこには非対称性の暴力が横たわる。おぞましき母の身体から分裂逃避し、純血を希求するレイシズムの底なし沼に足を踏み入れるのだ。
 制御しきれない暴力に自己嫌悪の穴に嵌まっていると、懐かしい詩人から小さな詩集が届いた。松岡政則の新詩集『あるくことば』(書肆侃侃房)だ。極限まで地味な装丁、カバーの右上に本文より小さい字で書名と詩人の名が、目立たぬようにそっと印刷されているだけで、見落としそうだ。
 松岡政則は1997年「家」で新日本文学賞を受賞。翌年第一詩集『川に棄てられた自転車』(澪標)を上梓した。
 
 石を投げている
 トタン葺きの今は誰も住まない家
 砂利道の石を拾っては
 男が投げている
 窓ガラスが割れ音が散らばる
 沢伝いに音が散らばる
 石を投げている
 窓という窓に
 壁という壁に
 失ったものにトドメを刺しているのか
 表札の外された玄関に
 縁側の雨戸に
 石を投げている
              (家)
 
 「石を投げている」のリフレインが隠然とした闇に突き刺さっていく。この闇は差別の根源だ。
 
 土壁にあたる、鈍い、どす黒い音、
 音が重みをおびてかぶさってくる
 石を投げている
 男にもうまく説明できまい石を投げている
 
 石は言葉であり詩である。暗い因習に、崩れた屋根のようにのしかかってくる歴史に詩人は石を投げている。
 松岡は2001年発行の第二詩集『ぼくから離れていく言葉』(澪標)の「あとがき」に他界した母について書いている。
 
 ぼくは時々自分を自分として同定できなくなったり、自分がこのままスーと居なくなってしまうのではないかという実存的不安に悩まされてきた。そんな自分をつなぎ止めておくために、存在実感の揺らぎを押さえつけるために、ぼくは詩を書いてきた。ずっとそう思っていた。が、何のことはない。母だったのだ。〈ぼくは今ここにいます〉といつも母に伝えずににはいられなかったのだ。
 
 松岡の母性棄却は実際の母の死によって完成されたかに見えるが、「悪しき母」からもたらされ「私」を苦しめる要素との格闘、即ち「妄想分裂ポジション」は心の底に密かにしゃがみ込んでいる。松岡は〈抑圧された者たちのあるかなきかの声を、言葉にすれば自らも血を流さずにはおれないような孤独の語を、都市の陰裂に突っ込んでやるのだ。〉(同上「あとがき」)と直截に語っている。
 
 捜し物をしていて
 偶然見つけた
 うすむらさき色の手のひらほどのやつ
 際どいカットの
 卑猥なやつ
 日記を盗み読んでいるような
 土足の気分
 
 この詩「妻は下着をかくしている」は、この後ユーモラスに展開するが、実はミソジニー一歩手前で踏みとどまるかのように婉曲している。母に代わって分裂すべき相手としての妻は最適だろうか。
 2003年にH氏賞を受賞した『金田君の宝物』(書肆青樹社)には度々「母」が表れる。もはや美しく虚飾された記憶だけでは収まらないものを詩人は凝視している。
 
 ビニールの管が 何本も突き刺さっている ズタズタに
 弄くられた 母の手を握る か細い息を握る 闇がある
  深潭な闇がある 夕暮れの畦に ひとり立ち尽くして
 いるのか それとも上の淵を溺れているのか 機械で呼
 吸をしているのに 微かに握り返してきた 母の闇が
 遠くから握り返してきた その何時間か前の 誰もいな
 い外来の待合室でだ 声を荒げて 兄と激しく言い争っ
 た
                   (ICU)
 
 詩「金田君の宝物」で、差別の深淵に立つ少年だったぼくと金田君、大人になったぼくがトモダチにならなかった金田君との厚い連帯の意識を屹立させたのは、金田君がくれた「女のアソコ」のモノクロ写真だった。
 
 中学三年の夏休み 
 ぼくと金田君は砂防ダムの工事現場で〈土方〉をした
 みなと川に潜って魚を突いたり
 クラブ活動に出てなどいられなかった
 ぼくらはそのぶんムキになって働いた
                   (金田君の宝物)
 
 この連帯の意識は『あるくことば』に知の言葉として結実していく。松岡は、インド、沖縄、韓国、中国、台湾やあるいはベトナムかも知れないがどこか分からない外国を歩いている。しかし詩人が歩いたのはニューヨークやロンドンではない。旧大日本帝国の植民地や侵略戦争の戦場とした地だ。そこで見たのは非均質性の暴力、差別者として君臨したものとしての自覚だったのではなかったか。
 
 あるくという行為は
 ことばをすてながら身軽になるということだ
               (どこにいるのか)
 
 石のように暗黒の歴史にことばを投げつけていた詩人が、ことばをすてながら身軽になるという。絶望だ。言葉にこそ表さないが、世界を歩いて、あるいは病の妻を抱えて、連帯を希求して詩人は絶望している。そして絶望こそ自己凝視に繋がる。
 
 そうせずにはいけない手、
 はどうしようもなくあらわれる
 出自のことではない
 寛容になれない醜さがわたしにはある、
 そのことでもない
 身におぼえのないものがまじる手
 洗っても洗っても洗ったことにならない手
 つれあいの髪の毛がほとんど抜け落ちた、
 そのことだろうか
 食べてくれない返事もくれないそのことだろうか
                                               (手、)
 
 自己に対する批判的視座を持った詩人は、おそらく自分が自分であることへの不信でいっぱいだ。この自己批判的自己凝視は、母を思い妻を省みハハからの妄想分裂ポジションを押し込めることに努力している。雄々しい父は要らない。それこそ排外主義者や父権主義者の妄想だと詩人は自覚している。
 
 忍耐はない
 性癖は治らない
 起立しない連帯にも近づかない
 セイタイイシュクです、と医者はいう
 しゃべらないでいると退化するのだという
 よってたかって誰かを責めたてて
 わたしもお国もとり返しのつかないところにいるらしい
 トタン波板の外壁と潮の満ち干
 みかんの花咲く島でくらすことになりました
 
 過剰な接続で
 誰しもが疲れている
 わたしらは知っている
 知っていてなにもしないでいる
 よわいものがよわいものを喰らうどん底
 ひとがひとを信じるとはどういう刹那をいうのだったか
 集団化していくわたしら、
 「正気」がたもてなくなるわたしら、
 もうどんな顔でいたらいいのかわかりません
                    (聲嗄れ)
 
 松岡政則さんありがとう。歩くも良し、引きこもるも良し、いずれにしても我々は空中戦を闘うしかないのでしょう。
*「妄想分裂ポジション」については、倉数茂「〈おぞましき母〉の病理」(『アイヌ民族否定論に抗する』岡和田晃 マーク・ウィンチェスター編 所収)を参照。

2018年8月15日 (水)

チャン・スチャン『羞恥』

羞恥心は言語の貧困に対峙する
チャン・スチャン(斎藤真理子訳)『羞恥』みすず書房

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 中学生の娘を持つ私であるイ・ウォンギルは不眠症に悩まされ、仕事を辞めさせられて日がな一日町を彷徨っては真昼の市街地の路地でうたた寝するような生活をしていた。それが死者を守る墓守りの生き方として最善だとして受け入れてさえいた。私は朝鮮民主主義人民共和国から逃れる所謂「脱北」の途上、疲れ果てて動けなくなった妻を置き去りにして逃げた罪を負っている。
 私とトンベクとヨンナムは韓国の東南アジア人街で出会った脱北者仲間で、それぞれ生き残ったことへの羞恥心を強く抱いている。家族を失って取り戻せないトンベクは黄色い染料を被って首を吊った。もう一人の友ヨンナムは江原道の田舎に引っ越した。
 ヨンナムが住む冬季オリンピックを誘致した市の郊外では、朝鮮戦争当時の民間人の遺骨が大量に出土して騒然となっている。そこへ誘われた私は娘のカンジュとその同級生で双極性障害があるらしいチスを連れて行き、騒動に巻き込まれる。ヨンナムは懺悔劇をやろうとしていて、オリンピック誘致推進派から執拗な脅迫と妨害を受ける。ヨンナムにとって演劇は、60年前の遺骨を慰霊するためだけでなく自分の罪を洗い流すためでもある。妻子を置いて逃げたという罪を犯して一人暮らすのがつらいのだ。演劇によって観衆の前に自分の恥を晒す懺悔こそヨンナムを生かそうとした。
 チャン・スチャンの小説『羞恥』は人は何で生きるか、何のために生きるのか、という問いを突きつけてくると同時に文学の意味をも問うている。
 世間は、オリンピックのもたらす経済効果と遺骨のために工事が遅れた場合の損失額を引き比べ、オリンピックに賛成する者は愛国者で反対するのは売国奴だという風潮に囚われている。関心があるのは工事で利益を上げ、それを守ることだけで戦争のことや犠牲者のことは面倒の種だ。「経済効果」はヨンナムの懺悔とは二律背反する。
「…見たとこ、懺悔とか真実とか怨恨とか、とにかく人間の世界の言葉はみんないやなんじゃないか。ただもう物質主義なんだ。それで懺悔という言葉を、あいつらの好きな開発とか、発展とか、そういう言葉の反対語みたいに思っているんじゃないかってね。…」
 この言葉は文学が、経済発展主義者の敵であることを表象している。2年後に東京オリンピックを控えた日本の為政者の言葉の貧困を想起する。
 しかし小説の私はオリンピック選手村建設工事現場のごたごたから距離を置きたいと思っている。政治的主張もしない。彼らは脱北者だからだ。北から来た人間にたいする謂われのない嫉みと差別を彼らは身を以て感じてきている。避難民に対する差別の構造は普遍的だ。フクシマの避難民に対する暴言・妄言とイジメも同種だ。
 私は言う「…いったい、俺たちをこんなにひっきりなしに恥じ入らせるものは何なんだろう? 俺たちは羞恥によって自分を守ろうとしているよ。そんなつまらん自尊心について考えてみたこと、ないかい?」
 恥じ入るべきなのは、脱北者や被災者だろうか。恥ずべき罪を重ねて生きてきたのは彼らだけではあるまい。羞恥を感じられるかどうかに人間性の核心を問う論拠がある。そこには文学の価値も同居している。恥ずべき人生を正直に羞じることに意味はある。羞恥こそ文学の価値だ、と極論しても過言ではない。真の文学は厚顔無恥などこかの国のオオオミには理解の外だ。
 明日の朝私はまた死を意識しながら起き、工場へ行くだろう。そこで、生きるために汗を垂らして働き、カンジュと私をさげすむ者たちと闘うだろう。
 町に戻った私に一筋の光がさしたエピローグに感謝したい。
 脱北者に関して、また脱北者に拘わる文学については、作者紹介とともに斎藤真理子の懇切丁寧な「訳者解説」に詳しい。

2018年7月 6日 (金)

クォン・ヨソン『春の宵』

隠された記憶を呼び戻す媒体としての酒

                                                               クォン・ヨソン『春の宵』書肆侃々房 橋下智保訳

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 クォン・ヨソン『春の宵』に収められた七編を読んで誰しもが酒飲みの物語と思うであろう。「春の宵」の妻ヨンギョンや「逆光」の新人作家はそもそもアルコール中毒だし、他の作品の登場人物たちも酒飲みだ。
 酒は忘却のために嗜好されると思われがちだが、往々にして隠された記憶を呼び戻してしまう。
 「春の宵」のスファンとヨンギョンはそれぞれ辛い過去を背負って43歳のときに出会い結ばれたが、夫スファンはリウマチ性関節炎が悪化し、妻ヨンギョンはアルコール中毒で肝硬変と栄養失調になっている。破産手続きをして療養所に入った二人だが、スファンの症状は末期的で、ヨンギョンはアルコールがやめられず外出すると帰ってこない。
 「三人旅行」では、キュとジュランの別れかけ夫婦とフニの三人はジュランの運転で旅行に出かけた。途上、わざわざ遠回りして、参鶏湯の美味いと評判の店や手作りハンバーグの店に寄る。窓外では冬季オリンピックに備えて工事が進んでいる。束草のコンドミニアムに泊まり、雪岳山国立公園や章沙港で遊ぶ。彼らは民主化運動を闘った世代だ。
 酒を飲み、生活の茶飯事や先輩の話で口喧嘩をする。キュは明け方に鉄のついた赤い錆のような男の声を聞く。彼らにどんな過去があったか読者には分からないが、彼らは1980年代の幻覚に囚われている。彼らは朝からウイスキーを飲み、干し鱈スープと焼き鱈を食べに行く。
 「カメラ」のムンギョンとカンヒのあいだには秘められた関係がある。かつてムンギョンの恋人だったクァンジョンの死は、なんびとの意思とも言えぬものだった。ムンギョンが「写真を習って撮ってみたいな。」と言ったのが原因だったのか、自治体の責任者がその道を石畳にしたのがいけなかったのか、不法滞在者が多いのが悪いのか、クァンジョンの死という結果を一つの要因に求めることは難しい。クァンジョンの死から10年経った今、弟の死に心を深く痛めたクァンヒとムンギョンは飲み屋で飲んで酔っ払ってそれぞれに遠い記憶にまさぐられる。酒が過去を引き寄せる。そこにあるのは明確な意志ではなく中動態的な動きかも知れない。
 「一足のうわばき」では新人シナリオ作家のキョンアンがテレビに映ったのをきっかけに、高校時代の友人三人が14年ぶりに再会する。昔から勉強よりも遊んでいるのが好きだったヘリョンとソンミは、数学の教師が怖くてキョンアンに教えて貰っていた。二人がキョンアンの家に来て料理をして酒を飲み、三人でナイトクラブに行き、カフェでまた飲んで、キョンアンの家に戻った。過去の記憶は人によって異なる。酒によって引き戻された記憶は、それぞれに別の痛みを与える。
 記憶という電波を受信するための媒体として酒があるとしてら、引き起こされるのは不安だけかも知れない。「層」の彼と彼女が抱える不安も、見えない記憶が呼び起こされ、利己的な自分を見つめさせられてしまうからではないだろうか。
 「おば
(イモ)」の伯母の生き方こそ品位がある。夫の母の姉である伯母は家族と連絡をとらず独りで慎ましく生き、今は膵臓癌を患って余生を過ごしている。義母は実家が好きでなかったから結婚後は実家に寄りつかなかった。義母の姉である伯母は会社勤めしながら実家で母と暮らし、弟が博奕などで作った借金を肩代わりしていた。39歳のときに不良債権者になった伯母は非正規社員として働き10年かけて借金を返した。そして二年前家から消え家族とも縁を切って倹約して生きるようになった。伯母は作家を志している私を気に入ったのか、退院後私の定期的な訪問を受け入れた。家にはテレビも、パソコンも、電話もなく、インターネットも繋がらない。エアコンも扇風機さえなく修道女のような生活をしていた。休館日以外は図書館で一日本を読んでいた。煙草は一日に4本、酒は日曜の晩に焼酎を1本を飲む。いくらかの奇抜な行動と個性的な人々との出会いを〈彼らはそれなりに愛すべき隣人だった〉と思っている。それは良い記憶だ。死にゆく伯母の記憶は不安ではなく安らぎをもたらした。

2018年6月 5日 (火)

チョン・ミョングァン『鯨』

アンチ「ファム・ファタール」としての呪い

チョン・ミョングァン『鯨』晶文社 斎藤真理子訳

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 チョン・ミョングァン『鯨』は荒唐無稽なエンターテイメント小説だ。常識を逸脱した登場人物の造形は純文学には見いだせないだろう。むしろ「クレヨンしんちゃん」や「ONE PINCE」といったアニメの造形に近い。純文学嗜好の読者には荷が重いかも知れない。両手の指がそれぞれ2本ずつしかないヤクザがナイフ使いの名手だったり、人が1トンまで太ったりする。
 しかし三世代にわたる女の憎悪ドラマは凄まじい。作品中に具体的な年代を表す記号は出てこないが、訳者あとがきで説明されているように1920年代から2000年代の韓国史を背景に主には朴正煕政権の時代を念頭に書かれたと言ってよい。「南の将軍」を朴正煕と読む読者があっても問題ない。
 小説全体を支配する「汁飯屋の老婆」の呪いは、死んだあとも何度も姿を現し、不幸を生成していく。後に「汁飯屋の老婆」と呼ばれる女は、余りの醜さに新郎に抱かれることなく3日で婚家を追い出され、奉公先のデクノボー(事故のためか知能に発達障害を持っている)の息子と性的関係を結び袋だたきにあう。「汁飯屋の老婆」は世間への復讐を誓って汁飯屋で小銭を貯める。デクノボーの子を孕み娘を生むが彼女に家族愛は無く、娘は片目を潰され、ハチミツ2瓶で売り飛ばされてしまう。醜い老婆が隠し貯めた金こそ、言わば呪いの罠である。老婆はこの金を使わずに死んでしまったが、クンボクがこれを見つけて事業を興す。
 小説の裏側の主人公は「汁飯屋の老婆」であるが、実際の主人公はクンボクとその娘チュニだ。クンボクは「汁飯屋の老婆」と対称的に美しく性的魅力に満ちた女として瞬く間に成長し、男達を手玉にとってのし上がる。クンボクの女性的魅力はまず父親を、そして山村から連れ出してくれた魚屋、怪力無双の大男シンパイを虜にし、ヤクザで町の支配者である刀傷などが次々に支配されていく。
 刀傷がかつて愛した日本の芸者ナオコは蠱惑的な魅力で刀傷を操り指を一本ずつ奪っていくが、刀傷はその愛が幻想であったことを知る。刀傷がクンボクを「ナオコ」と呼ぶのはまさにファム・ファタールとしての完全な姿をクンボクに求めたからに違いない。マッチョなシンパイはクンボクのファム・ファタール性に惹かれて彼女を得るが、自力を過信して大怪我し、クンボクに養われて自滅する。刀傷やシンパイの男性性はクンボクの女性性と対称的に、力強い者裕福な者として描かれる。ファム・ファタールとは何か。筆者は一知半解なので内藤千珠子の言を引用したい。
 ファム・ファタールとは、一般に、一九世紀ヨーロッパのロマン主義において形成された女性イメージの類型だといわれている。それは性的な魅力によって男性を致命的な恋に溺れさせ、破滅に導く女性を意味し、宿命の女、魔性の女、悪女、娼婦のイメージと重なり合う妖婦型女性、男性を死という危険な運命におびき寄せるほどの魅力を備えた女性と定義されている。表象としてのファム・ファタールには、女性に対する欲望と恐怖、魅惑と嫌悪、崇拝と憎悪といった両義的心理が投影されており、その二面性や両義性が分析の対象となってきた。また、物語の形式としては、ファム・ファタールの内面は意思や精神を欠如させた謎/空白とされ、読み取り不能な女の謎が物語を牽引するという定型をもつ。
                     (内藤千珠子『愛国的無関心』新曜社 2015年)
 興味深いのはクンボクの後半生が男性化する点だ。クンボクはファム・ファタールとして読者の前に現れ次から次へと男と関係しながら、言わば彼らを踏み台にして事業を発展させる。政治の象徴である南の将軍からも認められたクンボクは、この社会ではもう女性である必要が無くなった。クンボクは売春宿から救った睡蓮を美しく育て自らの愛人とする。クンボクはついに男性化したのだ。成功者となったクンボクは自らが男性としてファム・ファタールに嘲弄される。作者チョン・ミョングァンは一見、クンボクを通して〈女性嫌悪(ミソジニー)に裏打ちされた男性的欲望の回路〉そのものを読者に見せつけ、〈異性愛中心主義を背景とした近代の差別的な論理の骨格〉を壊したかのように思わせる。しかしこの特殊な人格が老婆の呪いによって破滅を迎える結末を考えるならば、男性優位の資本主義的成長社会において、男性化すること、あるいは男性と同様の支配的立場に立つことの愚かしさを表象しているとも言える。
 もう一点、この小説に従来型の親子関係の描き方に見られる家族主義的道徳の観点が抜けている点も興味深い。「汁飯屋の老婆」は自らが生んだ娘「一つ目」を愛さなかったし、一つ目もまた母を憎んだ。クンボクも娘であるチュニを愛せず、むしろ厄介に感じていた。言うまでも無く、作家が家族愛を否定したのではないだろう。しかし家族愛という幻想からいったん目をそらすことによってしか見えない社会の構造が見つかるかも知れないのだ。家族愛では救えないものがある。
 クンボクの娘チュニは、母親と異なり見かけの美しさを持たない。彼女は啞者で怪力だ。そして純真な心を持ち、社会的には無知だ。チュニの造形は見事。彼女はファム・ファタールたり得ない。チュニが男なら、ドストエフスキー『白痴』のムイシュキン公爵、柳美里『ゴールドラッシュ』の幸樹、金石範『万徳幽霊綺譚』の万徳と類似しているが、女性主人公としてこのような造形を得たことを読者として喜びたい。
 チュニは劇場放火の罪を着せられ投獄される。ここでチュニは優しさ故に看守鉄仮面に凄惨な拷問を続けられる。恩赦で出獄したチュニは廃墟となった町に戻り、煉瓦工場跡で独り生きる。ここでの出会いと別離が意味するものだ何だろうか。
〈何年かが過ぎた。彼女は一人で煉瓦を焼いていた。工場を訪れた者は誰もいなかった。〉
 この小説では、憎悪の心が何度でも反復して具象化し不幸を招く。しかしそれは荒唐無稽な嘘話とばかりは言っていられない。
 エピローグ、子どもの頃親しかった象のジャンボに乗って宇宙を飛ぶチュニは「ここはとっても静かだね。」と呟く。

2018年5月 5日 (土)

多和田葉子 地球にちりばめられて

ディストピア越境すれば未来はあるかも

                                     多和田葉子『地球にちりばめられて』(講談社)

 東日本大震災以後、作家たちはすぐそこの未来を想像したがった。それらは一様にディストピアだ。星野智幸は代表選手で『呪文』などすぐそこの近未来をリアルに描いている。木村友祐『野良ビトたちの燃え上がる肖像』や吉村萬壱『ボラード病』なども近「近未来」だ。窪美澄『アカガミ』やいとうせいこう『小説禁止令に賛同する』などはもう少し先の、山口泉『重力の帝国』は別次元のディストピアだ。これらの小説の特徴は多くの場合自然災害と原子力発電所の事故が根底に据えられている点だが、その上に安倍政権の危険性に対抗する感情が創作意欲をそそったに違いない。全体主義政府の支配する社会は個人の自由を一切保障しない。真実は政治家や政治活動家の強弁によって押し隠される。強いリーダーが導く世界がどうゆう社会になるか、作家たちは想像を逞しくする。
 いとうせいこう『小説禁止令に賛同する』は日本が滅んだ後2036年の囚われた小説化を描いていて興味深い。作家本人とおぼしき「わたし」は75歳で、旧日本のことであるらしい東端列島の拘置所独房に収監されている。旧政府によって「思想犯」として投獄されたのは2024年、紛争の直前のことだ。東端列島は複数国家連合の出現と、紛争中に重なった地震と豪雨と原子力事故の連続によって自滅したが、わたしはその後も収監されたままだ。汚染され拘置所の職員等は防護服を着用している。防護服も着ないわたしは言わば棄民なのだった。わたしは収監者用の小冊子『やすらか』に「随筆」を連載していて、原稿を検閲されているが、これが文学論でもあり小説そのものでもあり作品の肉となっている。
 桐野夏生「日没」(『世界』連載中)は時間的に『小説禁止令に賛同する』の少し前に位置して作家たちが収監される様を描いているのでこれも興味深い。
Photo 日本が滅んだ後海外に残った日本人を描いた小説がある。多和田葉子『地球にちりばめられて』だ。だが、この小説をディストピア小説と呼ぶには躊躇いがある。Hirukoという印象的な名の女性はヨーロッパ留学中に自分の国が消えてしまって帰れなくなり、デンマークのオーデンセのメルヘン・センターで移民の子対象の語り部として働いている。
 Hirukoはスカンジナビアの人なら聞けばだいたい意味が理解出来る手作り言語に、内心「パンスカ」と名付けてこれを駆使している。パンスカは常に変化して「今のわたしの状況そのものが言語になっている」。
 Hirukoの育った国では「出る杭は打たれる」という諺があって、口数の少ない勤勉な人が評価されたが、ヨーロッパでは何もできないわたしの「こんな事をやったらいいんじゃないかしら」という提案が評価される。アイデアが大切で、実践しながら経験を積めば良いと考えられる。この近未来ヨーロッパの福祉は充実していてHirukoやグリーンランドエスキモー出身のナヌークやインド出身で男性から女性に引越中のアカッシュも受け入れられる。移動の自由もほぼ保障されていて主人公たちはスウェーデン、デンマーク、ドイツ、スペインと旅をする。排外主義者による白色テロは起きることがあるが支配的ではなく、ディストピアとは言えない。ただ、〈中国大陸とポリネシアの間に浮かぶ列島〉が消滅してしまっているという一点のみが気になるだけだ。
 テレビに登場したHirukoに関心を持ち最初に彼女と旅に出る言語学者の卵クヌートの存在は、狂言回し的でもありながら、実はマイノリティーと非対象の「普通」という足場に立っていて、その母親同様「支配的暴力」を内包している。一方でクヌートの言語に対する疑問や考察は、小説に対して支配的立場に立つ読者である私を細部で導く。例えば、

ネイティブは魂と言語がぴったり一致していると信じている人たちがいる。母語は生まれた時から脳に埋め込まれていると信じている人もまだいる。そんなのはもちろん、科学の隠れ蓑さえ着ていない迷信だ。

という独白は、読者の頭に巣くう言語民族主義を撃破する。
 またナヌークは出汁の研究をしていて、文化の越境性を感じさせる。この社会では消滅した列島はほぼ忘れ去られているが、「すし」や「コスプレ」などという言葉は残っている。ただしそれらの言葉が日本由来だと知る者は殆どいない。言語学の研究対象なのだ。
 彼らはHirukoと同じ母語を持つSusanooを訪ねてアルルに向かう。HirukoもSusanooも日本人には馴染みのあるネーミングだ。Hirukoはもちろん「蛭子(ひるこ)」である。イザナギとイザナミの間に生まれた最初の神で、まぐはう際に女神から先に声をかけたために不具の子として流されたあの赤子だ。スサノウノミコトについては説明の必要はないだろう。暴れ者であるがゆえに天照大神が隠れるという事件が起きる。これらのネーミングは象徴的だ。
 Susanooは言葉は理解するがどの言葉でも喋れない。Hirukoとの母語での会話も一方的になる。Susanooは自分の母語を喋るHirukoと出会うことによって言葉の回復を望んだのかも知れない。ストックホルムの失語症研究所へと心は向かったのかも知れない。滅んだ言語の話者と研究者、同情者たちの旅は終わらない。
 さて、愚かな為政者のせいで天変地異より先んじて滅びるかも知れない我が言語、我が言語文学は流された先で生き延びることができるだろうか?

2018年5月 1日 (火)

ヤン ヨンヒ『朝鮮大学校物語』

再び光が当てられる日本の中の「朝鮮人」

 

 1970年代に李恢成や金鶴泳ら在日二世朝鮮人作家が現れ、主人公たちはそれぞれの立場で民族的アイデンティティを探した。在日朝鮮人による民族発見の文学的旅は「在日朝鮮人文学」と呼ばれ、日本人読者には日本に住む朝鮮人を意識させ、在日朝鮮人青年たちには複数の指針を示した。40年以上の年月を経て、その間「在日朝鮮人文学」は新しい世代の登場とともに「〈在日〉文学」と呼ばれるようになったが、李良枝以後そうした枠組みには当て嵌める意味を感じさせない作品が増えていた。柳美里は2006年に発行された『〈在日〉文学全集』に作品を集録していない。
 ところが最近ヘイトスピーチとレイシストの示威行動が社会問題化し衆目を集めるようになると、在日朝鮮人あるいは在日韓国人とは誰なのかを問う文学が再び脚光を浴び始めた。
 黄英治は商業ベースに乗らない地道な作家だ。黄が在日一世の父を描いた『記憶の火葬』(影書房)を上梓したのが2007年、韓国で囚われた在日政治犯の娘を描いた『あの壁まで』(影書房)が2013年、そして2015年発行の『前夜』(コールサック社)では、ヘイトスピーチに立ち向かう青年たちを題材とした。ヘイトスピーチは作家たちを刺激した。
 『ひとかどの父』(朝日新聞出版)、『緑と赤』(実業之日本社)、『海を抱いて月に眠る』(文藝春秋)など深沢潮の一連の作品もそうした題材を扱っている。特に最新作『海を抱いて月に眠る』は、朝鮮から「密航」した男が南北分断の政治状況に翻弄されながら身元を隠して生きなければならなかった様子を、父の困難に無知であった二世である娘と対比しながら描き、「在日」の歴史性を明らかにしようとする意図が窺える。
 崔実『ジニのパズル』(講談社)についてはこのブログで書評を書いている。群像新人文学賞を受賞してデビューし、織田作之助賞も受賞した。在日朝鮮人のジニは中学から朝鮮学校に通うが、北朝鮮バッシングと在日ヘイトのうねりの中で、自己の不安定な存在に嫌悪を抱き始める。朝鮮学校という小社会を取り込んだ日本そのものに反発したジニはオレゴンの高校で反発の日々を送る。ジニは残念ながら日本では自己を確認できない。Photo
 『ジニのパズル』がモチーフとしたのは中級学校だったが、ヤン ヨンヒの『朝鮮大学校物語』(角川書店)はその名のとおり朝鮮大学での生活を日本の読者に見せた。芝居が好きで演劇の勉強がしたくて東京の朝鮮大学に入学したミヨンだが、全寮制の朝鮮大学には夢見た自由が存在しない。全体主義で官僚主義的に統率された学校でミヨンは息苦しさから逃れられない。隣接する美大の学生との恋愛で表出された対比は見事だが、単純には描かれなかった。すでに日本社会が抱えた排外主義の問題も投射されている。
 しかしながら大筋では「北朝鮮>朝鮮大学校」の抱えた闇がクローズアップされてしまう。朝鮮大学生であることによるある種の特権を持っているミヨンは北朝鮮で姉に会うことがかなうが、音楽家であった姉夫婦は危険人物として地方で監視された生活を送っていた。姉の「…この国背負わされて日本で生きるのも大変やと思うわ」という言葉にミヨンの意志は固まる。
 この小説に対する興味は物語の主軸から離れたところにもある。在日朝鮮人の「朝鮮語」の多様さ、日本各地の方言に染まった日本語訛りの朝鮮語の多様さだ。言語が抱える民族性と地方性、越境性、などの課題は文学読者には常に関心事だ。
 ソウルから来た演劇人との交流のなかでミヨンが認めるのは〈美しいソウル弁で語られる強靱な信念〉だった。彼らは、表現の自由が担保されない韓国という独裁政権下で逮捕覚悟で演劇活動をしている。
「朝鮮語を話す人間は北朝鮮の学校を出たスパイだから関わるなと言われました。でも私が出会った演出の金さんはスパイどころか、酒好きの芝居バカです。…偏狭な妄想者に邪魔されるなんて真っ平です。いい舞台を作りましょう」
 「偏狭な妄想者」というのはここで直接には韓国の独裁政権だが、北朝鮮の為政者、あるいはヘイトスピーチをがなり立てる日本の排外主義者にも当て嵌まりそうだ。
 ただしここで読者が気をつけなければいけないのは2点、一つは朝鮮大学校の、あるいは在日朝鮮人のおかれた日本の状況がそれほど鮮明でない点、朝鮮大学校で組織に従順に過ごした学生にも人間としての精一杯の生があったはずだ。もう一つ、このモデルは1980年代の朝鮮大学、韓国も北朝鮮も日々変化しているということ。朝鮮大学校の現在が描かれる日も待たれる。

※この記事は、林浩治著『在日朝鮮人文学 反定立の文学を越えて』(新幹社)1500円+税 に集録されています。

2018年4月24日 (火)

在日朝鮮人文学

愚銀のブログ内で在日朝鮮人作家の作品に言及した頁を紹介します。

 

「在日朝鮮人文学」とは何か

「在日朝鮮人文学」の変容とは何か


在日朝鮮人文学の黄昏

宋恵媛『「在日朝鮮人文学史」のために』

金泰生文学の軌跡

「在日朝鮮人文学」と金泰生の風景

金時鐘×佐高信『「在日」を生きる』集英社新書


金石範「海の底から」世界連載中

金石範「消された孤独」

金石範の『過去からの行進』

金石範「終っていなかった生」

金石範「地の底から」

金石範さんの入国を韓国政府が拒否!

麗羅『山河哀号』

尹在賢『凍土の青春』

金蒼生『済州島で暮らせば』

地方語・民族語・帝国主義語──金聖珉「楓の挿話」

柳美里『人生にはやらなくていいことがある』

柳美里『貧乏の神様』

柳美里『JR上野駅公園口』

転換期の作家・李良枝

金重明『幻の大国手』再読

黄英治『前夜』

黄英治『あの壁まで』

黄英治『記憶の火葬』

黄英治『こわい、こわい』


深沢潮『ひとかどの父へ』

李信恵『鶴橋安寧 アンチ・ヘイト・クロニクル』

崔実『ジニのパズル』

ヤン ヨンヒ『朝鮮大学校物語』

2018年4月 4日 (水)

イ ヒョン『1945,鉄原』

南北朝鮮の対立の原点を描いた青春小説

イ ヒョン『1945,鉄原』梁玉順訳 影書房Photo

 

 アベ政権の河野太郎外相は3月31日に、北朝鮮が「次の核実験の用意を一生懸命やっている」と、高知市で開いた講演で断定したが、アメリカの北朝鮮分析サイト「38ノース」は4月2日、北朝鮮豊渓里(プンゲリ)の核実験場では「過去数カ月に比べて活動は大幅に減少している」とする分析を発表した。河野外相は、北朝鮮憎しのまったく見当外れの発言で恥をかいた訳だが、対米従属、アジア蔑視の日本人のメンタリティーという需要に応えた積もりに違いない。
 アジア蔑視の中心にこそ「北朝鮮」=朝鮮民主主義人民共和国がある。ところが、平昌オリンピックへの北朝鮮代表団の参加以後南北融和は急速に進んでいる。あわや核戦争も辞さぬとされた東アジアの平和は一旦保たれつつあり、朝鮮半島の戦争危機は話し合いで解決されようとしている。ところが日本のアベ政権は北朝鮮を巡る中韓米露の話し合い路線に乗り遅れ、いまだに対北朝鮮強行政策から抜け出せないでいるお粗末だ。
 そもそも朝鮮半島の南北対立はいつ起きたのか、という基本的な知識さへ持たない嫌韓国・憎北朝鮮の日本人は少なくない。1948年に南朝鮮での単独選挙を経て、李承晩大統領を戴く大韓民国が成立した。翌年には対抗した北朝鮮で朝鮮民主主義人民共和国が成立した。
 イヒョン作『1945,鉄原(チョロン)』は、日本帝国主義の頸木から放たれた1945年8月から2年半ほどの期間に、朝鮮のほぼ中央に位置する町「鉄原」で繰り広がられる青年群像の活躍と煩悶とを描いた小説だ。
 鉄原は現在、軍事境界線の南、非武装地帯(DMZ)に隣接する民間人統制線の内側にある。しかし1945年以後のこの小説が展開された時期はまだ38度線の北側の町としてソ連が進駐し、鉄原郡臨時人民委員会が支配的だった。獄中の独立運動家や共産主義者は解放され、大地主の所有した土地や財産は再分配された。それまでの身分制度は徹底的に破壊されたのだ。
 姜敬愛(カンギョンエ)は、小作農の娘で両親を亡くし大地主黄寅甫(ファンインボ)の妾である徐華瑛(ソファヨン)の小間使いとして働いていたが、解放後は鉄原郡臨時人民委員会の管理する人民書店で働いている。古い身分制度に固執する名家の娘郭恩恵(カクウネ)は気位の高い両班の娘だが、心を隠して敬愛と対等な立場で人民書店で働きながら、京城へ逃げる機会を待っている。黄基秀(ファンキス)は黄寅甫の末息子だが、身分制に反感を持ちソ連への留学を夢見ていた。
「お母さん、共産主義は虐殺しようというのではないんです。復讐しようというのでもないんです。(中略)もう一度はじめようということです。お母さんとぼくとで、新しい世の中で、またはじめられるんです」
 基秀の理想に燃えた無垢な言葉は、当時の青年たちに共通していたかも知れないが、すべてを奪われたと思い込んだ母は首を括ってしまう。
「わしゃ、アカがなにかよう知らん。だけど、はっきりいうけど、日本人どもの手先になっていたやつが、のうのうといい暮らしをしているのはほっとけん。とんでもないことだよ。だからね、黄家の万石の財産をみんなうばいとったアカが好きじゃ。わしゃもう、無条件でアカの味方よ」
と言う漣川(ヨンチョン)おばさんの言葉は庶民を代表している。米軍が駐留している南朝鮮では植民地時代に日本の手先となって朝鮮人を虐げた「親日派」が幅を利かせている現実があった。
 やがて鉄原でも右翼団体によるテロが活発化していく。大韓民国設立の正当性にも一石を投じそうな小説だが、この後起きる朝鮮戦争と、韓国の軍事独裁政治と北朝鮮の独裁政権の対立を鑑みれば、決着の着かないこの物語は複雑でしかない。敬愛たちの純粋な夢は美しいが、その後の困難は果てしなく厳しい。民主政府が政治を担う現代韓国でもいまだに極右勢力は蠢いている。人の心はなかなか変えられない。しかし「反共」が国是であった韓国でこのような小説が書かれ読まれるという事実は、民主制度の確立が目の前に迫っていることを知らせる。
 日本では相変わらず政治の私物化がまかり通っているし、排外主義的風潮はいっこうに消えない。先日も大阪で韓国人男性が面識の無い日本人男性にナイフで刺された。韓国のマスコミは「被害者は日本語が上手ではなく、誰が見ても韓国人だということで、このような被害にあった」と伝えたが、日本のマスコミは被害者が韓国人であるということさえ報道を避けた。「慰安婦」問題をはじめ「反日」的情報の提供を避けているとしか思えない。
 日帝時代からの革命闘志だった洪正斗(ホンジョンドゥ)ではなく両班の親日家黄寅甫の愛人になった徐華瑛の「愛とはときに、そんな招かれざる客のようなものなのよ」という言葉が、艶めかしく人間の愚かしさを言い当てている。
 続編に『あの夏のソウル』がある。また、朴婉緒の『新女性を生きよ』(梨の木舎)が同時代のソウルを描いているので読み比べてみるのも良いかも知れない。その続きが『あの山は、本当にそこにあったのだろうか』(かんよう出版)だ。

2018年3月27日 (火)

キム・グミ『あまりにも真昼の恋愛』

エメラルド色の輝きで彷徨う
キム・グミ『あまりにも真昼の恋愛』すんみ訳 晶文社

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 『あまりにも真昼の恋愛』に収められた短篇すべてを一読して、李箱や金承鈺を思い浮かべた。そのどちらにも似て、また似ていないが主人公たちの生きる社会に強いられる不条理の空気感に同質性を感じる。しかしながら日本帝国主義支配下だったり軍事独裁政権下で生きる庶民の閉塞感とは違う、むしろ現代日本に蔓延する諦念に似た雰囲気が描かれる。
 表題作「あまりにも真昼の恋愛」では、平社員に降格された30代半ばのピリョンが、小劇場の舞台に立つヤンヒと再会して、自分の生きてきた普通の人生に疑問を持つ。家庭を持ち出世するために働いてきた自己を振り返るが、引き返すには現実は重すぎるだろう。
 「趙衆均の世界」では、試用期間中の私は50前の歳で何の役職でもない趙衆均
(チョジュンギュン)氏と仕事をしていくうちに、趙衆均の変わった生き方に惹かれていく。趙衆均氏は校正の仕事に執拗に食い下がり日程に間に合わない。趙衆均氏は学生時代にデモに参加して警察に捕まったことがあり、その頃の仲間が「過ぎ去った世界」という名の酒場をやっている。マスターはかつて死刑囚だったらしい。趙衆均氏が解答用紙に書いた詩が「過ぎ去った世界」だ。
 「セシリア」の私は学生時代の先輩と離婚経験があり、今は小論文の講師をしている。私は学生時代から仲の良い友だちがいなかったセシリアを訪ねた。芸術家のセシリアは、あなたが訪ねてくると思ったと言い、別れ際にはもう来ないでと言う。
 これらの作品では平凡と非凡が対象されていると読むことができる。この世界に順応して生きる閉塞感と、順応しない絶望感とどちらが自由だろうか。答えは明確ではない。
 「半月」の少女は、母が借金を作ったため、ほとぼりが冷めるまで叔母さんの住む島に行くことになった。叔母さんは島で唯一の保健所で医師の仕事も兼ねた看護師をやっていた。都会の生活にも苦悩はあるが、田舎にも生きる闘いがある。
 「肉」の夫は〈お金がもらえる仕事は、卑しくて汚いことばかりだ〉言う。私たちはみな卑しくて汚いことばかりやって生きてきたのかも知れない。
 「犬を待つこと」の彼女は、自分が限られた階層や傾向の人たちの枠から出ていないことに気づいていた。〈彼女はよろけながら抱きついてくる犬を頭に浮かべた。ただ犬だけが彼女をまっとうに見つめてくれていたと思うと悲しさに襲われた。〉彼女は失うことによって初めて人生を考え直したのだろう。亀裂を感じて展望を考えた。
 「私たちがどこかの星で」の彼女は孤児院出身で新米看護師だった。孤児院の賄いおばさんから、孤児院がつぶれそうなので寄付をお願いする手紙が来ていた。
 公平な愛を見せるシスターと子どもたちの関係、看護師である彼女と患者の関係、彼女と賄いのおばさんとの関係、来年も彼女がこの病院で働けるかどうかの鍵を握っている看護師長と彼女の関係などは、すべて「非対称性、不均質性に由来する社会的諸関係」
(山城むつみ「カイセイエ」『すばる』2018年3月)と呼べる。その関係は常に暴力性を帯びている。唯一ドアマンと彼女の関係だけが対等に感じられる。
〈彼女はスズの兵隊のように焦がれる恋に苦しんだあげく、告白を待っているのかもしれなかった。ここは大きな病院で、痛みのない人はいないから。皆が不完全で、それだけは公平な世界だから。〉
大きな病院とは、この社会そのものの象徴であると思われる。〈彼女は患者を連れて移動しながら、いまだに道に迷った。〉
 新人が着るエメラルド色のユニフォームを着た彼女が、新米であるが故の輝きを失わないまま道に迷い歩き続けていくさまを、希望の姿として捉えたい。
 「普通の時代」が描いたのは、この社会が手抜き工事で作られた土台の上に建っているという事実だ。
 「猫はいかにして鍛えられるのか」は、オストロフスキーの長編小説を彷彿させるタイトルだが、不屈の精神で革命戦争を導くようなタイプを描いてはいない。モ課長はただ自分の技術を生かしたいだけで、誰にも与しない。リストラのための職能啓発部へ異動になるが、他の社員たちと強調せず、たんたんと課題をクリアしていく。そして退社後には迷い猫探しに勤しんで「猫探偵」と呼ばれる。モ課長は猫を迷子にしてしまった飼い主には厳しいが、自分が勤める会社や生きている社会には批判の目を持たない。〈流れるままに流されればいい〉と思っているが、社長との圧倒的な価値観の違いを知ると、クビになった人たちが煙突に設置しかけた垂れ幕を読むために煙突を登り始める。
 この社会で人は被害者でありながら加害者であるかも知れないことに気づけないでいる。加害性は社会に強いられ、差別性は気づかないうちに生み出され育まれる。
 メッキさえ剥がれ始めた酸素不足の社会で私たちが意識しなければならないものは何か、読まされた気がする。

2018年3月18日 (日)

金時鐘×佐高信『「在日」を生きる』

詩は現実認識における革命だ

Photo 「在日」を生きる、とは今さらながらのタイトルだが、戦後日本に生きる「日本人」出身ではない詩人の視点から、現代日本の抱える様々な問題の根幹を考えることに焦点を絞って見ればこんな対談になったと言えようか。軽い語りの対談だが、中身は重い。
 金時鐘
(キムシジョン)は植民地朝鮮の皇国少年であった。従って金時鐘の意識の基底をなしたのは日本語だった。〈それも皇国史観を徹底して賛美する日本語だった。それは非常に情緒的な日本語です。〉それだけに金は、日本語から距離を置き客観的に日本語を見る努力をしてきたのだろう。
 朝鮮語(韓国語)の母音は陽母音と陰母音に分けられる。万物は陰陽によって調和統一されるというのは朝鮮民族に受け継がれる考え方だ。ところが、近代以降の日本語は、明るい、澄んだ音ばかりを選りすぐって教科書言語としての標準語が作られた。〈日本語は代表的な陰性母音を、教科書言語をつくるときから無くしてしまった。…〉近代日本語いわゆる標準語は、教科書言語であり帝国主義言語であり、軍隊の言語であり、その閉鎖性ゆえに日本国内の方言さえも排除していった。金時鐘はは、〈統一言語、教科書言語、そして純血言語としての日本語の、排他性がひそんでいます。〉と言う。
 更に、金時鐘は日本の「詩」や「歌」、演歌にまで批判の目を向ける。
〈軍歌だけではなく、抒情歌といわれるものも含めて、歌というものは批評を持たないんです。〉
 演歌こそ〈戦前回帰の温床だと思いますね。〉
〈演歌というのは、一大思想詩ですよ。人間の情感的な体質を常に旧態依然なものに醸成する、べらぼうな威力を持っている。〉
 圧倒的に美しく懐かしいが、思考というフィルターを排除した演歌や演歌的な叙情歌に危険な匂いを察知する金時鐘の嗅覚は鋭い。演歌は考える力を無にし情緒の海に溺れさせる。

  書かれない小説は存在しませんが、詩は書かれなくても存在する。日常次元で普段の一切に演歌的情感が沁みているから、離れようがない。距離を置くということを思いつかない。

 金時鐘は〈詩とは、行き着くところ、現実認識における革命だと思います。〉と言う。
 私たちは政府の不正に面と向かっても、考えない。考える代わりに演歌を歌う。国会前や大阪や札幌で声を上げる代わりに諦めの歌を歌うのだ。着ては貰えぬセーターを編む、それがファシズムの許容だ。
 本当に詩を言葉にするということは、実存との衝突を怖れず、あるいは怖れながらも、出会い関わり合うことができる人に芽生える言葉を発するということだ。「安保法制反対」「森友・加計疑惑解明」「アベ退陣」というコールに詩がないと言えようか。「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」の句を、さいたま市立三橋公民館が、「公民館だより」への掲載を拒否したのは文学的に意味のある事件だった。
 金時鐘の「解放教育運動の実践」として公立高校で朝鮮語を教えたときの経験も、読み捨てる訳にはいかない一節だ。内容は本書を読んで頂くこととするが、「地下
(じげ)言葉」には考えさせられた。〈番町地区の部落言葉には、丁寧語がありません。彼らはそれを地下言葉と称しますが、親子でもぞんざいな言葉で交わし合います〉。朝鮮(韓国)では子は親にたいして敬語を使うので、金の言う「親子でも」には文化的背景があり、現代日本人を前提にするなら、「他人の関係でも」と言うべきだったかも知れない。兎にも角にも、丁寧語の無い地下言葉も大事だが一般の市民生活にはそぐわないから、〈折り目正しい言葉を学んでいかなくてはならんのや。〉と言う金時鐘の言葉に、在日朝鮮人一世が日本語と向き合うとき、自己に認めさせる「合理性」を感じさせられた。不思議とそこに忸怩たるものを感じ取れなかった。
 一人の人間として生き、羞じ、怒る詩人の本音を垣間見ることができた。日本の内側にいて、日本的情緒に囚われない在日朝鮮人詩人の言葉を、東北生まれの言論人佐高信が刺激的に引き出した好著と言える。
                                                                                                 (集英社新書)

2018年3月12日 (月)

小島剛一『トルコのもう一つの顔』

偉大な民族国家トルコの多様な少数民族言語を歩く

 前回2月17日付けブログで、ムラトハンムンガン編『あるデルスィムの物語』を紹介した際に末尾で〈デルスィムのクルド人が使うザザ語とクルド語の関係は不明だ〉と書いたが、磯部加代子は「訳者まえがき」に、デルスィムの〈人々はクルド語とは別の言語とされているザザ語を話し、宗教的には……アレヴィー教徒が多数を占めてる。〉と書いている。また「訳者あとがき」では、1991年発行の小島剛一著『トルコのもう一つの顔』との出会いが、磯部のトルコへの興味とデルスィムへの関心の起源だったと書いているので、気になってkindle版で読んだ。Photo 『トルコのもう一つの顔』はフランス在住の言語学者小島剛一が17年に渡ってトルコの少数民族言語を踏査した経験を書いたものだ。トルコ語ばかりでなく、トルコの少数民族語やそれぞれの方言についても詳しい。トルコにはクルド人、ザザ人、アラブ人、ラズ人、ギリシャ人、アルメニア人、ヘムシン人、ガガウズ人など70以上の少数民族がいるが、トルコ政府は「トルコ共和国国民はすべてトルコ民族である」と定義しているため、国内の少数民族の存在を認めていない。現在ではトルコ語を母語としない国民の存在を認めてはいるらしいが、少数民族とは認知せず、クルドやザザなどの少数民族の置かれた立場は依然としていると思われ、『あるデルスィムの物語』の「訳者あとがき」を読めば、トゥンジェリと改名されたデルスィムの現実が垣間見られる。ましてや20世紀後半のトルコで調査した小島剛一の活動は陰に陽に妨害される。その都度肩すかしをするようにすり抜けたり親しくなった人々に助けられたりする。これは調査報告書ではない。論文でもない。日本に住んでいると気づきにくい多様な価値観との共鳴と反発の体験を綴った紀行文だ。
 トルコと言えば、日本では親日国として知られ、トルコの人は親切だと言われる。小島剛一も「トルコ人ほど親切な人たちも珍しい」という一章を設けている。その親切な人たちが、少数民族や他宗教徒には、まったく事実ではない強い偏見で対峙している現実を見せられる。〈虫も殺さぬ顔で、「イスラームの敵アレウィー教徒を殺せば天国の門が開く」と言う人にはじめて会ったときには背筋が冷たくなった。〉われわれは井の中の蛙だ。〈知らないものは見えないし、興味のないものは小さく見える〉のだ。木を見て森を見なければ、人間として生きる道を誤るかも知れない。トルコ人だけを責められはしない。〈日本にもアイヌ人の強制同化や日韓併合の歴史がある。〉昨今のヘイトスピーチや嫌韓反中本の氾濫を鑑みれば、これを過去のことだと清算することなどできない。日本語という井戸の中で四角い小さな空しか見たことのない蛙人間としての自己を振り返る契機になるかも知れない。
 「民族」に関しては、日本人はおおざっぱだ。『トルコのもう一つの顔』を読むきっかけになった『あるデルスィムの物語』の副題は「クルド文学短編集」となっているが、デルスィムに住む民族の大半はザザ人でトルコ語ともクルド語とも異なるザザ語を話し、殆どがアレウィー教徒だ。彼らの教義は他の回教徒とは著しく異なる。例えば彼らは葡萄酒を飲むし、回教寺院に行かず礼拝もしない。男女平等を宗とする。つまり小島剛一の論に沿う限りザザ人はクルド人ではない。『あるデルスィムの物語』の副題は「クルド文学短編集」ではなく、「ザザ文学短篇集」か「トルコに於ける被抑圧少数民族文学短篇集」とした方が正確だった。付け足せば、『あるデルスィムの物語』に収められた10編の作者10人の出身民族も不明だ。これは本人にもよくは分からないのかも知れない。『トルコのもう一つの顔』を読めば、「隠れ民族」やら「忘れ民族」という状態もあるらしいので、トルコ政府の強制同化政策が長期に渡っている状態では仕方あるまい。そう考えるとこのような副題を付けること自体が問題を孕んでいるのかも知れない。

2018年2月17日 (土)

あるデルスィムの物語──クルド文学短編集

〈そこ〉にいる人たちの視線に自覚的であれ、と小説は語る
ムラトハンムンガン編 磯部加代子訳『あるデルスィムの物語──クルド文学短編集』さわらび舎

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 山城むつみ「カイセイエ──向井豊昭と鳩沢佐美夫」(『すばる』2018年3月)を読んで「非対称性の暴力」という言葉を学び、直後にクルド文学短篇集と副題の付いた本書『あるデルスィムの物語』を読んだ。「非対称性の暴力」とは山城むつみによると、意識の問題ではなく存在の問題であり、〈個人の意識がどうであろうと、たとえ私が良心的で弱者の味方として善意に満ちあふれていても、《ここ》に私が存在していることがそのまま、加害的、差別的な暴力となる《そこ》が今もなおあるということ〉だ。植民支配・同化政策による先住民や被支配民族の置かれた立場が、まさに非対称性の暴力による支配ということが言えそうだ。それはたんに過去の問題ではない。
 寡聞にしてクルド民族について知ることが殆ど無かった。本書の発行についてもTwitterで古い友人が発信していなければ通り過ぎていただろう。無知な私には、翻訳者磯部加代子の懇切丁寧な解説抜きにここに収められた10篇の短編を理解するのは難しい。
 「訳者まえがき」の助けに依ると、クルド人はチグリス・ユーフラテス川を中心とする地域の先住民族であり、その居住する地域クルディスタンはトルコ、イラク、シリア、イランに分断支配される多国間植民地だ。デルスィムとはトルコに支配されたクルドの地域の一つである。1937-8年に住民虐殺、クルド人の民族浄化=トルコ人化、スンニー化が執行された。その過程でクルド家庭の女児はクルド人の親から引き離されトルコ人将校の家に手伝いや養女として引き取られた。そうした事件を歴史的背景としてこの作品集は編まれた。この本の原文はトルコ語で書かれており、クルド語ではない。そう言った意味では在日朝鮮人文学をさかのぼり、植民地時代の朝鮮人による日本語文学、例えば、張赫宙や金史良、あるいは李光洙などを想起させる。またこの事件について口を閉ざし語らない人々が多く登場するが、済州島四・三事件が長期に渡って語られなかった事実と類似する。
 しかし、作品集中ヤウズ・エキンジ「祖父の勲章」で新聞報道されているように、現在のトルコでは考古学の発掘のように自国歴史の輝かしき歴史が汚辱にまみれたものであることが、いくらかは知られるようになっているらしい。主人公の祖父はデルスィムの虐殺者の一人である。
〈僕は、写真の下の記事を読んだ。首相が公式に謝罪し、記録が公開されたと記事は伝えていた。その「デルスィム作戦」において、洞窟の中の人間が生きたまま焼かれたことや、殺された死体はムンズル川に流されたこと、男たちが集められいっぺんに串刺しにされ、親を失い孤児となった小さな女の子たちは、将校たちのお手伝いとして引き取られたと書かれていた。僕は体の毛が逆立つのを感じた。〉
 主人公は叙勲された祖父の歴史、民族の栄光の歴史の血塗られた事実に目を向ける。
 収録された幾つかの作品は慈悲深いトルコ将校の家に貰われた女児の物語だ。ヤルチュン・トスン「カラスの慈悲心」では、私がなついているエスマー・カルファは将校の家の女中のようだ。私はカラスがたくさん出てくる夢を見る。夢の中で私は子どもを背負っている。記憶の物語は語られない。訳者解題によると、〈この物語の背景には、おびただしい数の「養女となった女児の物語」がある。〉デルスィムでの被害女児を貰い受けた軍人がどんなに優しい人間であったとしても、そこには非対称性の暴力が横たわっている。
 ジェミル・カヴクチェ「ムニラおばさんのお伽話」では、司令官の家に連れ去られたファトマは「今後クルド語を話したらお前を焼き殺す!」と言われて以来クルド語を話さなくなった。デルスィムから連れ去られた女児は同化させるために母語を奪われている。
 カリン・カラカシュル「サビハ」で、孤児院の子どもを養女としたのはトルコ建国の英雄ムスタファ・ケマルだ。その娘サビハ・ギョクチュンは世界初の女性パイロットで、デルスィム作戦に参加して名を上げたが、実はアルメニア人だったらしい。正義のために、父のためにデルスィムを空爆する女性パイロットの姿は前向きで栄光に満ちているかに見えるが、殺し殺される凄惨な流血の記憶を奥深く隠している。
 虐殺の過去を背負った人間を描いた作品もいくつか見られる。ここには非対称性暴力の自覚の芽生えが見られる。そこには微かな希望がある。ベフチェット・チェリッキ「ロリ… ロリ…」は被害者と加害者の遭遇がモチーフだが、加害者が加害の意識を持っていなければ、この遭遇はあり得ない。しかもこの遭遇は語られることがない。加害者の孫は被害者彼女と同じ言葉でありながら内に秘められた意味が違うと感じる。アイフェル・トゥンチェ「重荷」で、テレビクルーの取材を受けた老いたネイイレ夫人は、デルスィム事件で勲章を授与された英雄である父の真実を話してしまう。母は妊娠した女性や赤ん坊まで殺した所行を懼れ、夫の銃で自殺していたのだ。
 故郷から離れた地で、母語のかすかな音に魅かれることもある。ブルハン・ソンメズ「先史時代の犬ども」の舞台は英国だ。自殺未遂を繰り返すイェスマはトルコ語とデルスィムのクルド人が使うザザ語混じりに、父を殺され母をレイプされた事件について語る。〈三世代にわたり続く暴力とは、一体何なのか。それは、非トルコ人に対する同化政策というトルコ共和国における未完の暴力である。今なお、故郷を追われた者たちの尽きぬ望郷の念、凄惨な流血の記憶、複雑なアイデンティティといった、数えきれない痛みを生み出し続けている。〉(訳者解題)
 ギョヌル・クヴルジュム「禁じられた故郷」は作品中で最も詩情豊かに悲しみを湛えた作品だ。二人のよそ者でありマイノリティーである男女の出会いは、これもデルスィムを巡る凄惨な歴史を踏みしめていく運命だ。井戸に向かって囁かれた言葉は、井戸の奥深くで広がって行く。難解な作品群のなかにあっても最も読解しがたい作品だ。
 馴染みの無いクルドの文学というだけではなく、今以て沈黙で語らなければならないデルスィムの後裔たちを解読するためには相当な努力と想像力を必要とする。「訳者まえがき」「訳者解題」は適切で読者を助けてくれる。更にエッセイ風の「訳者あとがき」が、日本とトルコ、トルコとデルスィム、といった相関関係をあぶり出してくれる。
 『あるデルスィムの物語』は、トルコにおいてはデルスィム虐殺の事実を認めクルドの人々の視線を受け止めることを求めるのだろう。また文学という普遍において、先住民アイヌの視線、朝鮮人「従軍慰安婦」の視線を受け止めること、重慶爆撃や南京虐殺、731部隊の生体実験の歴史的事実を受け止めることを要求するだろう。
 なお、本書はトルコ語による小説で、磯部加代子によれば〈クルド人と自認する作家たちが作品を書く際に選ぶ言語は、ほとんどの場合トルコ語である。〉とのことだが、アラビア語、ペルシャ語及びクルド語で書かれたクルド文学もあれば日本語訳にも期待したい。デルスィムのクルド人が使うザザ語とクルド語の関係は不明だが、ザザ語による文学があるのだろうか。在日クルド人による日本語文学の可能性にも期待したい。

翻訳者がトルコに関心を持つきっかけになった関連書籍に、小島剛一著『トルコもう一つの顔』(中公新書)がある。
http://kghayashi.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/post-4122.html

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2018年1月 8日 (月)

金石範「海の底から」

歴史人間はどう向き合うか

 在日朝鮮人作家金石範は、昨年(1917年)9月、韓国で第1回李浩哲(イ・ホチョル)統一路文学賞を受賞した。ソウル市恩平区が南北分断の不条理を描いて昨年死去した作家李浩哲にちなんで、世界の作家を対象に創設した賞だ。金石範は2015年『火山島』韓国語版が出版されるとすぐに、第1回済州四・三平和賞を受賞している。長編『火山島』の執筆によって「四・三」」の真実を国際社会に知らしめる契機を作るとともに、イデオロギーを超えた普遍的な人間の価値を描き出したことが認められたのだった。
 今回の李浩哲統一路文学賞受賞に伴う訪韓の様子は、『世界』12月号と1月号に掲載された。そのため連載中の「海の底から」は休載となった。「海の底から」は、完結した長編『火山島』を引き継いでいる。拷問のため満身創痍で済州島から逃れて日本に戻った朝鮮人南承之(ナ・スンジ)が主人公だ。済州島では1948年に朝鮮半島の南だけでの単独選挙、単独政府樹立に反対する武装抗争が始まり、ゲリラ化した闘争はアメリカと李承晩政権による大規模な討伐と島民大虐殺によって鎮圧された。その過程は、南承之の兄貴分的な存在であるニヒリスト李芳根(イ・バングン)を主人公とした『火山島』の背景として描かれた。南承之らを日本に逃がした李芳根は、裏切り者柳達鉉(ユ・ダルヒョン)と対決し死へと追い詰め、母方の縁戚で警察警務係長の鄭世容(チョン・セヨン)を殺した後、自らの命を絶った。
 実は「海の底から」より前に『火山島』の結末を引き継ぐものとして書かれたのは『地底の太陽』(2006年11月、集英社)だった。済州島四・三蜂起に敗れた南承之の物語は戦後日本を舞台に再開された。南承之は豚になって生き残る。日本に逃れて、逃れたという負い目を恥じながら生きる。李芳根の死を知った南承之は李芳根の自殺について考え続けている。
 「海の底から」の連載は1950年6月19日、李芳根の一周忌から始まる。南承之は李芳根の妹李有媛(イ・ユオォン)を思いながら神戸でゴム工場を営む従兄の家で厄介になり、大阪と行き来している。南承之は有媛を思い慕われながら、別の女性と関係を持ってしまった現実から逃げようと思い悩む。小説は日本を舞台に南承之という在日朝鮮人を通して人間の存在意味を問い糺す。それも現代史のダイナミズムのなかに意志と責任を翻弄されながら揺れる存在意味だ。
2018_02 11月号の連載第12回の末尾でようやく1950年6月25日、つまり朝鮮戦争勃発の日となる。2号休載して2月号掲載の第13回では、南承之も〈北朝鮮軍が南侵、南北の戦闘が起こったという衝撃的なニュースを〉知る。朝鮮戦争は戦後東アジア史の大きな転換点だ。朝鮮戦争は、不幸にも日本の戦後復興・高度成長の契機にもなった。金石範の連載は、今後朝鮮半島と日本を横断しながら、より日本そして在日する朝鮮に足場を置きながら進むに違いない。南承之の煩悶する姿には、戦後日本の歴史が色濃く反射される。それも済州島との切っても切れない絡み合った蔓のような関係を手繰りながら進むのだろう。個人が歴史とどう向き合うのか問い続ける、それが金石範文学だ。
   *  *  *
 「海の底から」では、済州島で墓を祀ることを許されない李芳根のために碑が建てられるそうだが、おそらく李芳根の名は刻まれないのだろう。16世紀の詩人林悌(イジェ)が黄眞伊(ファンジニ)の墓に捧げた詩が刻まれる、と聞いた。儒教的身分社会である朝鮮時代に身分ある士大夫が、下賤な妓生(キセン)の墓に盃を捧げ詩を読むなどあってはならないことだ。しかし文学とは社会的規範の枠を壊してこそだ。金石範文学しかり。「海の底から」の今後が楽しみだ。

청초(靑草) 우거진 골에 자난다 누웠난다.
홍안(紅顔)을 어디 두고 백골(白骨)만 묻혔난다.
잔(盞) 잡아 권할 이 없으니 그를 슬퍼하노라.

  *  *   *

 1918年5月号に発表された連載を見ると実際には、林悌の詩ではなく黄眞伊の詩を文蘭雪が揮毫して小ぶりな大理石に刻んだものが建てられました。

 

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